師導古典を学びたいすべての人に

十善法語 / 巻第十一・不邪見戒之中

佛在世ノ事シヤ。經中ニ目連尊者ニ摩訶羅ノ弟子有リ。此人出家ノ後。自ラ諸根闇鈍ナルヲ省テ。憂悔ノ心生シ。自滅セントス。尊者神通力ヲ以テ直ニ其處ニ至リ。告テ云。汝自滅スルコト勿レ。汝ニ生死ノ趣ヲ知シメン。卽禪定ニ入リ。將ヰテ海濱ニ至ル。此海濱ニ一ノ女人ノ屍有テ仰キ臥ス。其面上ニ蟲有テ。或ハ鼻ヨリ入テ口ヨリ出。或ハ目ヨリ入テ鼻ヨリ出ツ。摩訶羅コレヲ見テ問。此ハイカナル人ノ屍ソト。尊者云。此者ハ商主ノ婦ナリ。其夫寶ヲ求ンタメ海洲ニ赴ク。此女人別ヲ惜ミ悲泣ス。哀聲傍人ヲ感動ス。同旅ノ者云。萬里ノ海波生死ハカリ難キナレハ。別ヲ惜ムモ其理アリ。然レトモ。今日ニ至テ思止マルヘキナラス。同船アルヘシト。商主カ此言ヲ用ヒテ。將ヰテ往。時ニ海中難風起リ。其船破碎シ。同侶悉ク溺レ死ス。此女人ハ平生鏡ニ照シ面ヲ見テ。自身ノ眉目ノウルハシキヲ樂ミシ者ナリ。今面上ノ蟲ハ彼カ後身ナリト。此摩訶羅是等ノコトヲ觀シテ淨信心ヲ生シ。其後尊者ノ教授ヲ受テ。終ニ羅漢果ヲ證得セシト云コトシヤ。

新字:仏在世ノ事シヤ。経中ニ目連尊者ニ摩訶羅ノ弟子有リ。此人出家ノ後。自ラ諸根闇鈍ナルヲ省テ。憂悔ノ心生シ。自滅セントス。尊者神通力ヲ以テ直ニ其処ニ至リ。告テ云。汝自滅スルコト勿レ。汝ニ生死ノ趣ヲ知シメン。即禅定ニ入リ。将ヰテ海浜ニ至ル。此海浜ニ一ノ女人ノ屍有テ仰キ臥ス。其面上ニ虫有テ。或ハ鼻ヨリ入テ口ヨリ出。或ハ目ヨリ入テ鼻ヨリ出ツ。摩訶羅コレヲ見テ問。此ハイカナル人ノ屍ソト。尊者云。此者ハ商主ノ婦ナリ。其夫宝ヲ求ンタメ海洲ニ赴ク。此女人別ヲ惜ミ悲泣ス。哀声傍人ヲ感動ス。同旅ノ者云。万里ノ海波生死ハカリ難キナレハ。別ヲ惜ムモ其理アリ。然レトモ。今日ニ至テ思止マルヘキナラス。同船アルヘシト。商主カ此言ヲ用ヒテ。将ヰテ往。時ニ海中難風起リ。其船破砕シ。同侶悉ク溺レ死ス。此女人ハ平生鏡ニ照シ面ヲ見テ。自身ノ眉目ノウルハシキヲ楽ミシ者ナリ。今面上ノ虫ハ彼カ後身ナリト。此摩訶羅是等ノコトヲ観シテ浄信心ヲ生シ。其後尊者ノ教授ヲ受テ。終ニ羅漢果ヲ証得セシト云コトシヤ。

書き下し

仏在世ノ事シヤ。経中ニ目連尊者ニ摩訶羅ノ弟子有リ。此人出家ノ後。自ラ諸根闇鈍ナルヲ省テ。憂悔ノ心生シ。自滅セントス。尊者神通力ヲ以テ直ニ其処ニ至リ。告テ云。汝自滅スルコト勿レ。汝ニ生死ノ趣ヲ知シメン。即禅定ニ入リ。将ヰテ海浜ニ至ル。此海浜ニ一ノ女人ノ屍有テ仰キ臥ス。其面上ニ虫有テ。或ハ鼻ヨリ入テ口ヨリ出。或ハ目ヨリ入テ鼻ヨリ出ツ。摩訶羅コレヲ見テ問。此ハイカナル人ノ屍ソト。尊者云。此者ハ商主ノ婦ナリ。其夫宝ヲ求ンタメ海洲ニ赴ク。此女人別ヲ惜ミ悲泣ス。哀声傍人ヲ感動ス。同旅ノ者云。万里ノ海波生死ハカリ難キナレハ。別ヲ惜ムモ其理アリ。然レトモ。今日ニ至テ思止マルヘキナラス。同船アルヘシト。商主カ此言ヲ用ヒテ。将ヰテ往。時ニ海中難風起リ。其船破砕シ。同侶悉ク溺レ死ス。此女人ハ平生鏡ニ照シ面ヲ見テ。自身ノ眉目ノウルハシキヲ楽ミシ者ナリ。今面上ノ虫ハ彼カ後身ナリト。此摩訶羅是等ノコトヲ観シテ浄信心ヲ生シ。其後尊者ノ教授ヲ受テ。終ニ羅漢果ヲ証得セシト云コトシヤ。

現代語訳

仏の在世の事である。経の中に、目連尊者に摩訶羅という弟子があった。この人は出家の後、自分の諸根(感覚や能力)が鈍いことを省みて、憂い悔やむ心が生じ、自ら命を絶とうとした。尊者は神通力によってただちにその所に至り、告げて言った。「お前は自ら命を絶ってはならない。お前に生死の趣を知らせよう」。すぐに禅定に入り、(摩訶羅を)連れて海辺に至った。この海辺に一人の女の屍があって、仰向けに横たわっていた。その顔の上に虫がいて、あるいは鼻から入って口から出、あるいは目から入って鼻から出ていた。摩訶羅はこれを見て問うた。「これはどういう人の屍ですか」。尊者は言った。「この者は隊商の長の妻である。その夫が宝を求めるために海の彼方の洲へ赴こうとした。この女は別れを惜しんで泣き悲しみ、その哀しい声はそばの人々の心を動かした。同行の者が言った。万里の海の波の上では生死ははかりがたいから、別れを惜しむのももっともである。しかし今日になって思いとどまるわけにはいかない。一緒に船に乗られるがよい、と。隊商の長はこの言葉を用いて、妻を連れて行った。その時、海の中で暴風が起こり、その船は砕け、仲間はことごとく溺れ死んだ。この女は平生、鏡に顔を映して、自分の眉目の麗しさを楽しんでいた者である。今、顔の上にいる虫は、この女の生まれ変わりである」。この摩訶羅はこれらのことを観じて清らかな信心を生じ、その後、尊者の教えを受けて、ついに阿羅漢の果を証得したということである。

解説

巻十一は、死から次の生までの具体相、すなわち中有と輪廻を説く巻であり、その冒頭に経の説話が置かれる。目連は釈迦の十大弟子の一人で、神通第一と称された。自分の鈍さに絶望して命を絶とうとした弟子摩訶羅を、目連は海辺の屍へ連れて行く。自分の容貌を愛した女が、死後その顔に宿る虫に生まれていたという話である。尊者はこれを、執着した所に生を受けるという生死の道理を示す説話として紹介している。絶望した弟子がこの光景を通して信を得て悟りに至る筋は、能力の差より、心がどこに向かうかが肝心だという点を印象づける。

この章句が説くこと

中有執着輪廻目連摩訶羅後身

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる