師導古典を学びたいすべての人に

十善法語 / 巻第十・不邪見戒之上

一類ノ者ハ。神祇ノ造化。氣化。形化。心化等ノ名目ヲ立テ。安排布置スルモ有ルシヤ。世間ニ妄想モ無邊ナルニ由テ。諸見モカキリナイ。爾餘衆多ノ見處解了。或書籍ノ中ニ記シ。或世ニ現存ス。大凡此類ハ。宿福ノ人ニハ少ナク。貧賤ノ者ニハ多イ。謹愼ノ家ニハ少ナク。無賴ノ家ニハ多イ。過去世十善ノ闕失ヨリ起ルコトト知ルヘシ。此等ノ少解了ニ由テ大法ヲ蔑ニスルハ。人間天上ノ路ヲ失フ。經ノ中ニ衆生憐ムヘシト有ル。誠ニ生レママタニ貪欲嗔恚ノ煩惱ヲ具テアルニ。其上邪教或ハ邪思惟ニ因テ現在ノ福緣ヲ失ヒ。當來ノ苦果ヲ種ルコトシヤ。

新字:一類ノ者ハ。神祇ノ造化。気化。形化。心化等ノ名目ヲ立テ。安排布置スルモ有ルシヤ。世間ニ妄想モ無辺ナルニ由テ。諸見モカキリナイ。爾余衆多ノ見処解了。或書籍ノ中ニ記シ。或世ニ現存ス。大凡此類ハ。宿福ノ人ニハ少ナク。貧賤ノ者ニハ多イ。謹慎ノ家ニハ少ナク。無頼ノ家ニハ多イ。過去世十善ノ闕失ヨリ起ルコトト知ルヘシ。此等ノ少解了ニ由テ大法ヲ蔑ニスルハ。人間天上ノ路ヲ失フ。経ノ中ニ衆生憐ムヘシト有ル。誠ニ生レママタニ貪欲嗔恚ノ煩悩ヲ具テアルニ。其上邪教或ハ邪思惟ニ因テ現在ノ福縁ヲ失ヒ。当来ノ苦果ヲ種ルコトシヤ。

書き下し

一類ノ者ハ。神祇ノ造化。気化。形化。心化等ノ名目ヲ立テ。安排布置スルモ有ルシヤ。世間ニ妄想モ無辺ナルニ由テ。諸見モカキリナイ。爾余衆多ノ見処解了。或書籍ノ中ニ記シ。或世ニ現存ス。大凡此類ハ。宿福ノ人ニハ少ナク。貧賤ノ者ニハ多イ。謹慎ノ家ニハ少ナク。無頼ノ家ニハ多イ。過去世十善ノ闕失ヨリ起ルコトト知ルヘシ。此等ノ少解了ニ由テ大法ヲ蔑ニスルハ。人間天上ノ路ヲ失フ。経ノ中ニ衆生憐ムヘシト有ル。誠ニ生レママタニ貪欲嗔恚ノ煩悩ヲ具テアルニ。其上邪教或ハ邪思惟ニ因テ現在ノ福縁ヲ失ヒ。当来ノ苦果ヲ種ルコトシヤ。

現代語訳

ある種の者は、神々の造化・気化・形化・心化などの名目を立てて、按配し配置することもある。世間には妄想も限りがないので、諸々の見方も限りがない。その他多くの見解や理解が、あるいは書物の中に記され、あるいは世に現に存している。おおよそこの類は、宿福のある人には少なく、貧賤の者には多い。慎み深い家には少なく、無頼の家には多い。過去世に十善を欠いたことから起こるものと知りなさい。これらのわずかな理解によって大いなる法を侮るのは、人間界や天上界への道を失うことである。経の中に、衆生は憐れむべきである、とある。まことに生まれたままでさえ貪欲や瞋恚の煩悩を備えているのに、その上、邪な教えや邪な思惟によって現在の福の縁を失い、未来の苦しみの果の種を植えるのである。

解説

これまで列挙してきた諸々の見解をまとめる段である。妄想に限りがないので見方にも限りがなく、書物にも世間にもあふれているが、こうした見解は宿福の乏しい者や慎みのない家に多く、過去世に十善を欠いた結果だと尊者は説く。境遇と見解を結びつけるこの説明は当時の因果観に基づくもので、今日そのまま人に当てはめるべきものではない。要点は、わずかな理解で大きな法を侮ると、生まれながらの煩悩の上に自ら苦しみの種を重ねることになる、という点にある。少し知った段階の慢心こそ、自分を最も損なう。

この章句が説くこと

邪見妄想十善宿福煩悩慎み

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる