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十善法語 / 巻第十・不邪見戒之上

此外見處ト名ツクヘキナラヌ中ニ。色色ノ妄想カアル。一類偏見ノ者カカク云。諸道ミナ假設ケシコトナリ。夫佛法ノ中。釋迦如來ト云。實ニ其人有ルニ非ス。其誕生入滅。年代部ニ依テ異說アルヲ以テ知ヘシ。唯阿難迦葉等カ信ヲ後世ニ取ン爲ニ。一箇ノ奇妙不思議底ノ人ヲ假設テ。自所得ノ道ヲ成立スト。又此說ヲナス儒中ニ孔子ト云。實ニ其人有ニ非ス。野合シテ孔子ヲ生ト云。又尼丘山ニ禱テ孔子ヲ得。丘字仲尼ト名クト云。家語ナトニ浮漫ノ說アルヲ以テ知ヘシ。唯子貢曾參等カ信ヲ後世ニ取ン爲ニ。一箇ノ君子樣ノ人ヲ假說テ。自所立ノ道ヲ弘ム。又此說ヲナス。道家ニ老子ト云。實ニ其人有ニ非ス。ソノ書中。三公ト云。偏將軍上將軍ト云。仁義ナラヘ稱スル。此類ミナ古語ニ非ス。此ヲ以テ知ヘシ。關令尹喜等カ信ヲ後世ニ取ン爲ニ。一箇ノ飄然タル人物ヲ假設テ。自所立ノ道ヲ證スト。

新字:此外見処ト名ツクヘキナラヌ中ニ。色色ノ妄想カアル。一類偏見ノ者カカク云。諸道ミナ仮設ケシコトナリ。夫仏法ノ中。釈迦如来ト云。実ニ其人有ルニ非ス。其誕生入滅。年代部ニ依テ異説アルヲ以テ知ヘシ。唯阿難迦葉等カ信ヲ後世ニ取ン為ニ。一箇ノ奇妙不思議底ノ人ヲ仮設テ。自所得ノ道ヲ成立スト。又此説ヲナス儒中ニ孔子ト云。実ニ其人有ニ非ス。野合シテ孔子ヲ生ト云。又尼丘山ニ祷テ孔子ヲ得。丘字仲尼ト名クト云。家語ナトニ浮漫ノ説アルヲ以テ知ヘシ。唯子貢曽参等カ信ヲ後世ニ取ン為ニ。一箇ノ君子様ノ人ヲ仮説テ。自所立ノ道ヲ弘ム。又此説ヲナス。道家ニ老子ト云。実ニ其人有ニ非ス。ソノ書中。三公ト云。偏将軍上将軍ト云。仁義ナラヘ称スル。此類ミナ古語ニ非ス。此ヲ以テ知ヘシ。関令尹喜等カ信ヲ後世ニ取ン為ニ。一箇ノ飄然タル人物ヲ仮設テ。自所立ノ道ヲ証スト。

書き下し

此外見処ト名ツクヘキナラヌ中ニ。色色ノ妄想カアル。一類偏見ノ者カカク云。諸道ミナ仮設ケシコトナリ。夫仏法ノ中。釈迦如来ト云。実ニ其人有ルニ非ス。其誕生入滅。年代部ニ依テ異説アルヲ以テ知ヘシ。唯阿難迦葉等カ信ヲ後世ニ取ン為ニ。一箇ノ奇妙不思議底ノ人ヲ仮設テ。自所得ノ道ヲ成立スト。又此説ヲナス儒中ニ孔子ト云。実ニ其人有ニ非ス。野合シテ孔子ヲ生ト云。又尼丘山ニ祷テ孔子ヲ得。丘字仲尼ト名クト云。家語ナトニ浮漫ノ説アルヲ以テ知ヘシ。唯子貢曽参等カ信ヲ後世ニ取ン為ニ。一箇ノ君子様ノ人ヲ仮説テ。自所立ノ道ヲ弘ム。又此説ヲナス。道家ニ老子ト云。実ニ其人有ニ非ス。ソノ書中。三公ト云。偏将軍上将軍ト云。仁義ナラヘ称スル。此類ミナ古語ニ非ス。此ヲ以テ知ヘシ。関令尹喜等カ信ヲ後世ニ取ン為ニ。一箇ノ飄然タル人物ヲ仮設テ。自所立ノ道ヲ証スト。

現代語訳

このほか、見解と名づけるほどでもないものの中に、いろいろな妄想がある。ある種の偏った見方の者はこう言う。諸々の道はみな仮に設けたものである。そもそも仏法の中の釈迦如来というのも、実際にその人がいたのではない。その誕生と入滅の年代に、部派によって異説があることから知られる。ただ阿難や迦葉らが後世に信を得るために、一人の奇妙不思議な人物を仮に設けて、自分たちが得た道を打ち立てたのだ、と。またこの説をなす者は、儒家の中の孔子というのも、実際にその人がいたのではない。野合して孔子を生んだと言い、また尼丘山に祈って孔子を得たので丘と名づけ、字を仲尼としたと言う。孔子家語などにとりとめのない説があることから知られる。ただ子貢や曾参らが後世に信を得るために、一人の君子らしい人を仮に説いて、自分たちの立てた道を広めたのだ、と。またこの説をなす者は、道家の老子というのも、実際にその人がいたのではない。その書の中に三公と言い、偏将軍・上将軍と言い、仁義を並べて称している。この類はみな古い言葉ではない。これによって知られる。関令の尹喜らが後世に信を得るために、一人の飄然とした人物を仮に設けて、自分たちの立てた道を証したのだ、と。

解説

釈迦も孔子も老子も実在せず、弟子たちが自分の道に権威を持たせるために作り上げた人物だという説を紹介する段である。誕生や入滅の年代に異説があること、孔子の出生譚が一定しないこと、老子の書に後の時代の官名や仁義の語が出ることが、その根拠として挙げられる。尊者はこうした説を、見解と呼ぶにも足りない偏見の妄想の一つに数える。資料の食い違いに着目する眼は鋭いが、それをすぐ全否定に結びつけるのは飛躍だというのが尊者の立場である。疑う力と、疑いから結論を急ぐ危うさとを考えさせる。

この章句が説くこと

偏見妄想釈迦孔子老子懐疑

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