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十善法語 / 巻第十・不邪見戒之上

其常見ト云ハ。一類世智辨聰ノ者カ思惟度量スルニ。胸ノ中ニアハラ骨ノ間ニ。昭昭靈靈タル物カ一物アル。樣ニ覺ルシヤ。死スル時ニハ。若ハ目ヨリ若ハ鼻ヨリ飛去テ。人間ニモアレ。天上ニモアレ。畜生ニモアレ。緣ニ隨テ其處ニ生ヲ受ルコト。譬ヘハ舟ニ乘ル者ノ輿ニ乘リウツル如ク。窮民ノ此屋ヲ出テテ彼家ニ往キ住スル如クト。マツ通途ノ常見ハカウシヤ。此ハ極下劣ノ見ナレトモ。禪定智見カナキモノハ。出家モ在家モ此見ヲ出ヌ。博學座主ノ口ニハ唯識ノ理ヲ微細ニ云者モ。一乘圓頓ノ趣ヲ精ク講スル者モ。內心ハ多ク此見ニ住ス。靈利衲子ノ古則公案ヲ判斷シ。或ハ些子ノ消息ヲ面白ク言ヒマハス者モ。內心ハ多ク此見ニ居ル。憐ムヘキコトシヤ。

新字:其常見ト云ハ。一類世智弁聰ノ者カ思惟度量スルニ。胸ノ中ニアハラ骨ノ間ニ。昭昭霊霊タル物カ一物アル。様ニ覚ルシヤ。死スル時ニハ。若ハ目ヨリ若ハ鼻ヨリ飛去テ。人間ニモアレ。天上ニモアレ。畜生ニモアレ。縁ニ随テ其処ニ生ヲ受ルコト。譬ヘハ舟ニ乗ル者ノ輿ニ乗リウツル如ク。窮民ノ此屋ヲ出テテ彼家ニ往キ住スル如クト。マツ通途ノ常見ハカウシヤ。此ハ極下劣ノ見ナレトモ。禅定智見カナキモノハ。出家モ在家モ此見ヲ出ヌ。博学座主ノ口ニハ唯識ノ理ヲ微細ニ云者モ。一乗円頓ノ趣ヲ精ク講スル者モ。内心ハ多ク此見ニ住ス。霊利衲子ノ古則公案ヲ判断シ。或ハ些子ノ消息ヲ面白ク言ヒマハス者モ。内心ハ多ク此見ニ居ル。憐ムヘキコトシヤ。

書き下し

其常見ト云ハ。一類世智弁聰ノ者カ思惟度量スルニ。胸ノ中ニアハラ骨ノ間ニ。昭昭霊霊タル物カ一物アル。様ニ覚ルシヤ。死スル時ニハ。若ハ目ヨリ若ハ鼻ヨリ飛去テ。人間ニモアレ。天上ニモアレ。畜生ニモアレ。縁ニ随テ其処ニ生ヲ受ルコト。譬ヘハ舟ニ乗ル者ノ輿ニ乗リウツル如ク。窮民ノ此屋ヲ出テテ彼家ニ往キ住スル如クト。マツ通途ノ常見ハカウシヤ。此ハ極下劣ノ見ナレトモ。禅定智見カナキモノハ。出家モ在家モ此見ヲ出ヌ。博学座主ノ口ニハ唯識ノ理ヲ微細ニ云者モ。一乗円頓ノ趣ヲ精ク講スル者モ。内心ハ多ク此見ニ住ス。霊利衲子ノ古則公案ヲ判断シ。或ハ些子ノ消息ヲ面白ク言ヒマハス者モ。内心ハ多ク此見ニ居ル。憐ムヘキコトシヤ。

現代語訳

その常見というのは、ある種の世俗の知恵に長け弁の立つ者が思い巡らし推し量って、胸の中、あばら骨の間に、はっきりと霊妙な何か一つのものがあるように思うのである。死ぬ時には、あるいは目から、あるいは鼻から飛び去って、人間界であれ天上界であれ畜生界であれ、縁に従ってその所に生を受ける。それはたとえば、舟に乗っていた者が輿に乗り移るように、貧しい者がこの家を出てあの家に行って住むように、と。まず一般的な常見はこうである。これは極めて劣った見方であるが、禅定の智見のない者は、出家も在家もこの見方を出ない。博学な学僧で、口では唯識の道理を細やかに説く者も、一乗円頓の教えの趣を詳しく講じる者も、内心は多くこの見方に住している。利発な禅僧で、古則公案を裁いたり、ちょっとした悟りの消息を面白く言い回したりする者も、内心は多くこの見方にいる。憐れむべきことである。

解説

常見の典型として、胸の中に霊妙な何かが宿っていて、死ぬと抜け出して次の身へ引っ越すという考えを紹介する段である。舟から輿へ乗り換える、家から家へ移り住むというたとえは、魂を固定した実体と見る発想をよく表している。尊者は、これは極めて劣った見方なのに、唯識や一乗の教理を講じる学僧も、公案を巧みに論じる禅僧も、内心はこの見方にとどまっていると厳しく指摘する。言葉で高度な理論を語れることと、本当にそう見ていることは別である。専門家ほど、自分の実感と語る理論のずれを点検する必要がある。

この章句が説くこと

常見輪廻唯識禅定公案実体

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