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十善法語 / 巻第十・不邪見戒之上

是ヨリ甚シキ者ハカウ思フ。人ハイツマテモ人。畜ハイツマテモ畜。男ハイツマテモ男。女ハイツマテモ女。生生ノ處楷定シテ變異セヌ。世間ノ道理モ。五穀各其種子有テ。米麥混セヌ。華果各ソノ種子有テ。李奈アヤマラヌ。桃ノ實ヲ植レハ桃ノ木生スル。梅ニハナラヌ。瓜ヲ植レハ瓜生スル。芥子ハ生セヌ。若犬カ生ヲ轉シテ人トナリ來ラハ。其者ハ人ニ吠ツクヘキナレトモ。終ニ人ニ吠ツキタル小兒モナイ。若猿カ人ニ生シ來ルコト有ナラハ。其者ハ輕躁騰躍ナルヘシナレトモ。終ニ樹梢ヲ攀タル小兒モナイ。人ハイツマテモ人ニテ。ソノ中ニ善根有レハ善キ處ニ生レテ。富貴榮耀ノ身トナル。惡業多ケレハ惡キ處ニ生レテ。貧賤患難ノ身トナル。唯人間ノ中。所作ノ業優劣有テ。貧富貴賤智愚賢不肖差別ス。畜ハイツマテモ畜ニテ。善因緣アレハ山林ニ遊戲シ。好水艸ヲ逐テ逸樂ヲ受ク。若惡業アレハ重ヲ負ヒ遠ニ往キ。奴隷ニ打レ。或ハ强キ者ニ瞰害セラレ。獵師ノ弓矢ニ中ル。唯畜生道ノ中ニ爲ス所ノ業ノ優劣ニ由テ苦樂ヲ招クト。此等ハ更ニ下劣ナル見ナレトモ。今時ノ者ニ喉クヒヲ押ヘテ實情ヲ吐セハ。此見處ノ者モ多カルヘキシヤ。

新字:是ヨリ甚シキ者ハカウ思フ。人ハイツマテモ人。畜ハイツマテモ畜。男ハイツマテモ男。女ハイツマテモ女。生生ノ処楷定シテ変異セヌ。世間ノ道理モ。五穀各其種子有テ。米麦混セヌ。華果各ソノ種子有テ。李奈アヤマラヌ。桃ノ実ヲ植レハ桃ノ木生スル。梅ニハナラヌ。瓜ヲ植レハ瓜生スル。芥子ハ生セヌ。若犬カ生ヲ転シテ人トナリ来ラハ。其者ハ人ニ吠ツクヘキナレトモ。終ニ人ニ吠ツキタル小児モナイ。若猿カ人ニ生シ来ルコト有ナラハ。其者ハ軽躁騰躍ナルヘシナレトモ。終ニ樹梢ヲ攀タル小児モナイ。人ハイツマテモ人ニテ。ソノ中ニ善根有レハ善キ処ニ生レテ。富貴栄耀ノ身トナル。悪業多ケレハ悪キ処ニ生レテ。貧賤患難ノ身トナル。唯人間ノ中。所作ノ業優劣有テ。貧富貴賤智愚賢不肖差別ス。畜ハイツマテモ畜ニテ。善因縁アレハ山林ニ遊戯シ。好水艸ヲ逐テ逸楽ヲ受ク。若悪業アレハ重ヲ負ヒ遠ニ往キ。奴隷ニ打レ。或ハ強キ者ニ瞰害セラレ。猟師ノ弓矢ニ中ル。唯畜生道ノ中ニ為ス所ノ業ノ優劣ニ由テ苦楽ヲ招クト。此等ハ更ニ下劣ナル見ナレトモ。今時ノ者ニ喉クヒヲ押ヘテ実情ヲ吐セハ。此見処ノ者モ多カルヘキシヤ。

書き下し

是ヨリ甚シキ者ハカウ思フ。人ハイツマテモ人。畜ハイツマテモ畜。男ハイツマテモ男。女ハイツマテモ女。生生ノ処楷定シテ変異セヌ。世間ノ道理モ。五穀各其種子有テ。米麦混セヌ。華果各ソノ種子有テ。李奈アヤマラヌ。桃ノ実ヲ植レハ桃ノ木生スル。梅ニハナラヌ。瓜ヲ植レハ瓜生スル。芥子ハ生セヌ。若犬カ生ヲ転シテ人トナリ来ラハ。其者ハ人ニ吠ツクヘキナレトモ。終ニ人ニ吠ツキタル小児モナイ。若猿カ人ニ生シ来ルコト有ナラハ。其者ハ軽躁騰躍ナルヘシナレトモ。終ニ樹梢ヲ攀タル小児モナイ。人ハイツマテモ人ニテ。ソノ中ニ善根有レハ善キ処ニ生レテ。富貴栄耀ノ身トナル。悪業多ケレハ悪キ処ニ生レテ。貧賤患難ノ身トナル。唯人間ノ中。所作ノ業優劣有テ。貧富貴賤智愚賢不肖差別ス。畜ハイツマテモ畜ニテ。善因縁アレハ山林ニ遊戯シ。好水艸ヲ逐テ逸楽ヲ受ク。若悪業アレハ重ヲ負ヒ遠ニ往キ。奴隷ニ打レ。或ハ强キ者ニ瞰害セラレ。猟師ノ弓矢ニ中ル。唯畜生道ノ中ニ為ス所ノ業ノ優劣ニ由テ苦楽ヲ招クト。此等ハ更ニ下劣ナル見ナレトモ。今時ノ者ニ喉クヒヲ押ヘテ実情ヲ吐セハ。此見処ノ者モ多カルヘキシヤ。

現代語訳

これよりも甚だしい者はこう思う。人はいつまでも人、畜生はいつまでも畜生、男はいつまでも男、女はいつまでも女で、生まれ変わりのたびの居場所は決まっていて変わることがない。世間の道理でも、五穀にはそれぞれ種があって米と麦は混じらない。花や果実にはそれぞれ種があって、李(すもも)と柰(からなし)を取り違えない。桃の実を植えれば桃の木が生える。梅にはならない。瓜を植えれば瓜が生える。芥子は生えない。もし犬が生まれ変わって人となって来たのなら、その者は人に吠えつくはずであるが、ついぞ人に吠えついた子どももいない。もし猿が人に生まれて来ることがあるのなら、その者は落ち着きなく跳ね回るはずであるが、ついぞ木の梢によじ登った子どももいない。人はいつまでも人であって、その中で善根があれば良い所に生まれて富貴で栄える身となり、悪業が多ければ悪い所に生まれて貧賤や患難の身となる。ただ人間の中で、行った業に優劣があって、貧富・貴賤・智愚・賢不肖の差が出るのだ。畜生はいつまでも畜生であって、善い因縁があれば山林に遊び、良い水や草を追って安楽を受ける。もし悪業があれば、重い荷を負って遠くへ行き、使う者に打たれ、あるいは強い者に食い殺され、猟師の弓矢に当たる。ただ畜生道の中で行った業の優劣によって苦楽を招くのだ、と。これらはさらに劣った見方であるが、今時の者の喉首を押さえて本音を吐かせれば、この見方の者も多いはずである。

解説

常見のさらに劣った形として、人は人、畜生は畜生、男は男、女は女のまま、生まれ変わっても種類は変わらないという考えを紹介する段である。種を植えれば同じ植物が生えるという道理や、犬の生まれ変わりなら人に吠えるはずだという素朴な観察が、その根拠として持ち出される。尊者は、これは極めて劣った見方だが、本音を吐かせれば今の人々の多くがこう考えているだろうと言う。尊者の説く輪廻では、業によって人も畜生も互いに移り変わるとされる。自分の立場は永遠に固定している、という思い込みは、今日の属性や肩書きについての見方にも潜んでいる。

この章句が説くこと

常見輪廻畜生善根思い込み

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