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十善法語 / 巻第十・不邪見戒之上

支那國ニ佛法ノ渡ラヌ已前ニモ。聖賢ノ書ニハ。此斷見ナキソ。古書ヲヨク看ヨ。且ク一二條ヲ擧ハ。昔者吳ノ公子季札カ其子ノ葬リニ。其封ヲ環リ號哭シテ。骨肉歸復于土命也。若魂氣則無不之也。無不之也ト云。左傳ニ齊ノ公子彭生カ死後ニ形ヲ顯ス。魏武カ妾ノ父ノ草ヲ結テ恩ヲ報スル。鄭ノ伯有厲鬼ト成テ崇ヲナス。子產カ鬼歸スル所アレハ乃チ属ヲナサスト云テ。伯有カ子ノ良止ヲ立テ宗廟アラシム。此ニ由テ妖鬼シツマリシトアル。其後子產晉ニ適テ趙景子ト此鬼ヲ論セシ。此類多キコトシヤ。此等ノ斷見カ一タヒ起レハ。正法ノ淨信心ヲ失フノミナラス。支那仁義ノ教モ立ス。忠孝ノ道モ立ス。天ヲ祭リ先祖ヲ祭ルモ。ムタコトニナリユク。本邦神道ノ教モ立ヌ樣ニナル。諸惡ノ中ニ諸見ホト猛利ナル惡ハナイ。諸見ノ中ニ斷見ホト猛利ナル惡ハナイ。此見カ一タヒ生スレハ。諸ノ善根ヲ失フコトシヤ。

新字:支那国ニ仏法ノ渡ラヌ已前ニモ。聖賢ノ書ニハ。此断見ナキソ。古書ヲヨク看ヨ。且ク一二条ヲ挙ハ。昔者呉ノ公子季札カ其子ノ葬リニ。其封ヲ環リ号哭シテ。骨肉帰復于土命也。若魂気則無不之也。無不之也ト云。左伝ニ斉ノ公子彭生カ死後ニ形ヲ顕ス。魏武カ妾ノ父ノ草ヲ結テ恩ヲ報スル。鄭ノ伯有厲鬼ト成テ崇ヲナス。子産カ鬼帰スル所アレハ乃チ属ヲナサスト云テ。伯有カ子ノ良止ヲ立テ宗廟アラシム。此ニ由テ妖鬼シツマリシトアル。其後子産晋ニ適テ趙景子ト此鬼ヲ論セシ。此類多キコトシヤ。此等ノ断見カ一タヒ起レハ。正法ノ浄信心ヲ失フノミナラス。支那仁義ノ教モ立ス。忠孝ノ道モ立ス。天ヲ祭リ先祖ヲ祭ルモ。ムタコトニナリユク。本邦神道ノ教モ立ヌ様ニナル。諸悪ノ中ニ諸見ホト猛利ナル悪ハナイ。諸見ノ中ニ断見ホト猛利ナル悪ハナイ。此見カ一タヒ生スレハ。諸ノ善根ヲ失フコトシヤ。

書き下し

支那国ニ仏法ノ渡ラヌ已前ニモ。聖賢ノ書ニハ。此断見ナキソ。古書ヲヨク看ヨ。且ク一二条ヲ挙ハ。昔者吳ノ公子季札カ其子ノ葬リニ。其封ヲ環リ号哭シテ。骨肉帰復于土命也。若魂気則無不之也。無不之也ト云。左伝ニ斉ノ公子彭生カ死後ニ形ヲ顕ス。魏武カ妾ノ父ノ草ヲ結テ恩ヲ報スル。鄭ノ伯有厲鬼ト成テ崇ヲナス。子産カ鬼帰スル所アレハ乃チ属ヲナサスト云テ。伯有カ子ノ良止ヲ立テ宗廟アラシム。此ニ由テ妖鬼シツマリシトアル。其後子産晋ニ適テ趙景子ト此鬼ヲ論セシ。此類多キコトシヤ。此等ノ断見カ一タヒ起レハ。正法ノ浄信心ヲ失フノミナラス。支那仁義ノ教モ立ス。忠孝ノ道モ立ス。天ヲ祭リ先祖ヲ祭ルモ。ムタコトニナリユク。本邦神道ノ教モ立ヌ様ニナル。諸悪ノ中ニ諸見ホト猛利ナル悪ハナイ。諸見ノ中ニ断見ホト猛利ナル悪ハナイ。此見カ一タヒ生スレハ。諸ノ善根ヲ失フコトシヤ。

現代語訳

中国に仏法が渡る以前にも、聖賢の書にはこの断見はない。古い書物をよく見なさい。ひとまず一、二か条を挙げれば、昔、呉の公子季札がその子を葬った時、その盛り土の周りを巡り、声をあげて泣いて「骨肉が土に帰るのは天命である。しかし魂気は行かないところがない、行かないところがない」と言った。左伝には、斉の公子彭生が死後に姿を現したこと、魏武子の妾の父が(死後に)草を結んで恩に報いたこと、鄭の伯有が厲鬼(祟る死霊)となって祟りをなしたことがある。子産が「鬼は帰るところがあれば祟りをなさない」と言って、伯有の子の良止を立てて宗廟を持たせ、これによって妖しい霊が鎮まったとある。その後、子産が晋に行って、趙景子とこの霊について論じた。この類は多いのである。これらの断見がひとたび起これば、正法への清らかな信心を失うだけでなく、中国の仁義の教えも立たず、忠孝の道も立たず、天を祭り先祖を祭ることも無駄事になってゆく。わが国の神道の教えも立たないようになる。諸々の悪の中で、誤った見方ほど激しい悪はない。誤った見方の中で、断見ほど激しい悪はない。この見方がひとたび生じれば、諸々の善根を失うのである。

解説

断見が儒家の伝統とも相いれないことを、古書の例で示す段である。呉の公子季札は賢者として名高く、子を葬る時に魂気はどこへでも行くと言った。左伝からは、死後に現れた彭生、恩に報いた霊、祟りをなした鄭の伯有と、その霊を宗廟を立てて鎮めた宰相子産の話が引かれる。尊者の主眼は、死ねば何も残らないと考えれば、仁義も忠孝も祖先の祭りも、神道の教えまでも根拠を失うという点にある。諸見の中で断見が最も激しい悪とされるのは、あらゆる善の土台を崩すからである。

この章句が説くこと

断見善根忠孝左伝子産季札

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