十善法語 / 巻第十・不邪見戒之上
此盤水ヲ彼甕ニウツストキ。此月影カ彼ヘ移リ往ニ非ス。當處ニ滅シテ當處ニ生スル。念想モ亦如是看ヨ。聲ノ念カ去テ香ニ移リ往ニハ非ス。香ノ念カ去テ味ニ移リ往ニハ非ス。聲ノ念ハ聲處ニ生シテ聲處ニ滅スル。味ノ念ハ味處ニ生シテ味處ニ滅スル。一ノ器ニ水ヲ貯レハ一ノ影有リ。百千ノ器ニ水ヲ貯レハ百千ノ影有ル。念想モ亦カクノ如シヤ。一境ヲ緣スルトキハ。此念ハ一相ニ似テ現スル。百千ノ境ヲ緣スレハ。此念ハ百千ニ似テ現スル。廣大ノ境ヲ緣スレハ。此念ハ廣大ニ似テ現スル。微細ノ境ヲ緣スレハ。此念ハ微細ニ似テ現スル。
新字:此盤水ヲ彼甕ニウツストキ。此月影カ彼ヘ移リ往ニ非ス。当処ニ滅シテ当処ニ生スル。念想モ亦如是看ヨ。声ノ念カ去テ香ニ移リ往ニハ非ス。香ノ念カ去テ味ニ移リ往ニハ非ス。声ノ念ハ声処ニ生シテ声処ニ滅スル。味ノ念ハ味処ニ生シテ味処ニ滅スル。一ノ器ニ水ヲ貯レハ一ノ影有リ。百千ノ器ニ水ヲ貯レハ百千ノ影有ル。念想モ亦カクノ如シヤ。一境ヲ縁スルトキハ。此念ハ一相ニ似テ現スル。百千ノ境ヲ縁スレハ。此念ハ百千ニ似テ現スル。広大ノ境ヲ縁スレハ。此念ハ広大ニ似テ現スル。微細ノ境ヲ縁スレハ。此念ハ微細ニ似テ現スル。
書き下し
此盤水ヲ彼甕ニウツストキ。此月影カ彼ヘ移リ往ニ非ス。当処ニ滅シテ当処ニ生スル。念想モ亦如是看ヨ。声ノ念カ去テ香ニ移リ往ニハ非ス。香ノ念カ去テ味ニ移リ往ニハ非ス。声ノ念ハ声処ニ生シテ声処ニ滅スル。味ノ念ハ味処ニ生シテ味処ニ滅スル。一ノ器ニ水ヲ貯レハ一ノ影有リ。百千ノ器ニ水ヲ貯レハ百千ノ影有ル。念想モ亦カクノ如シヤ。一境ヲ縁スルトキハ。此念ハ一相ニ似テ現スル。百千ノ境ヲ縁スレハ。此念ハ百千ニ似テ現スル。広大ノ境ヲ縁スレハ。此念ハ広大ニ似テ現スル。微細ノ境ヲ縁スレハ。此念ハ微細ニ似テ現スル。
現代語訳
この盆の水をあの甕に移す時、この月影があちらへ移ってゆくのではない。その場で滅してその場で生じる。念や想いもまたこのように見なさい。声についての念が去って香りへ移ってゆくのではない。香りについての念が去って味へ移ってゆくのではない。声の念は声のところに生じて声のところに滅する。味の念は味のところに生じて味のところに滅する。一つの器に水を貯えれば一つの影があり、百千の器に水を貯えれば百千の影がある。念や想いもまたこのようである。一つの境を縁とする時は、この念は一つの姿に似て現れる。百千の境を縁とすれば、この念は百千に似て現れる。広大な境を縁とすれば、この念は広大に似て現れる。微細な境を縁とすれば、この念は微細に似て現れる。
解説

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