十善法語 / 巻第十・不邪見戒之上
初步ノ時。眞正ノ善知識ニ逢テ。其教導ヲ得レハ。直ニ正道ニ趣ク。譬ハ病人ノ病輕キ內明醫ニ逢如クシヤ。若時ヲ經年月ヲ歷レハ其迷深重ニナル。若他人ヲ導ケハ業障增長シテ累劫正道ニ遠サカル。鬱頭藍子。阿藍迦藍カ佛世尊ノ教導ニ漏ル類シヤ。其斷見ト云ハ。一類ノ世智辨聰ノ者カ思惟度量スルニ。此身有テ此心有。生レシ初ハ只箇赤子。二十三十ハ箇成人。七十八十ハ箇老耄。山氣男多ク。澤氣女多シ。此習有テ此性アル。亂世ニ武勇ノ士多ク。治世ニ文雅ノ士多キ。孟母三遷シテ其子大賢ト成ル。鬼谷子縱橫ノ說ヲ教テ。弟子遊說ノ客ト成ル。此乳養アツテ嬰孩生育シ。此老病有テ身心壞滅スル。
新字:初歩ノ時。真正ノ善知識ニ逢テ。其教導ヲ得レハ。直ニ正道ニ趣ク。譬ハ病人ノ病軽キ内明医ニ逢如クシヤ。若時ヲ経年月ヲ歴レハ其迷深重ニナル。若他人ヲ導ケハ業障增長シテ累劫正道ニ遠サカル。鬱頭藍子。阿藍迦藍カ仏世尊ノ教導ニ漏ル類シヤ。其断見ト云ハ。一類ノ世智弁聰ノ者カ思惟度量スルニ。此身有テ此心有。生レシ初ハ只箇赤子。二十三十ハ箇成人。七十八十ハ箇老耄。山気男多ク。沢気女多シ。此習有テ此性アル。乱世ニ武勇ノ士多ク。治世ニ文雅ノ士多キ。孟母三遷シテ其子大賢ト成ル。鬼谷子縦横ノ説ヲ教テ。弟子遊説ノ客ト成ル。此乳養アツテ嬰孩生育シ。此老病有テ身心壊滅スル。
書き下し
初歩ノ時。真正ノ善知識ニ逢テ。其教導ヲ得レハ。直ニ正道ニ趣ク。譬ハ病人ノ病軽キ内明医ニ逢如クシヤ。若時ヲ経年月ヲ歴レハ其迷深重ニナル。若他人ヲ導ケハ業障增長シテ累劫正道ニ遠サカル。鬱頭藍子。阿藍迦藍カ仏世尊ノ教導ニ漏ル類シヤ。其断見ト云ハ。一類ノ世智弁聰ノ者カ思惟度量スルニ。此身有テ此心有。生レシ初ハ只箇赤子。二十三十ハ箇成人。七十八十ハ箇老耄。山気男多ク。沢気女多シ。此習有テ此性アル。乱世ニ武勇ノ士多ク。治世ニ文雅ノ士多キ。孟母三遷シテ其子大賢ト成ル。鬼谷子縦横ノ説ヲ教テ。弟子遊説ノ客ト成ル。此乳養アツテ嬰孩生育シ。此老病有テ身心壊滅スル。
現代語訳
最初の一歩の時に、真の善知識(正しい導き手)に会ってその教え導きを得れば、すぐに正道に向かう。たとえば病人が病の軽いうちに名医に会うようなものである。もし時を経て年月が過ぎれば、その迷いは深く重くなる。もし他人を導けば、業障が増して、長い劫にわたって正道から遠ざかる。鬱頭藍子や阿藍迦藍が仏世尊の教え導きから漏れた類である。その断見というのは、ある種の世俗の知恵に長け弁の立つ者が思い巡らし推し量って、こう考える。この身があってこの心がある。生まれた初めはただの赤子、二十、三十は一人前の大人、七十、八十は老いぼれである。山の気の土地には男が多く、沢の気の土地には女が多い。この習いがあってこの性質がある。乱世には武勇の士が多く、治世には文雅の士が多い。孟子の母が三度住まいを移して、その子は大賢となった。鬼谷子が縦横の説を教えて、弟子は遊説の客となった。乳で養われて幼子は育ち、老いと病があって身心は壊れ滅びる。
解説
この章句が説くこと
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