十善法語 / 巻第十・不邪見戒之上
此不邪見戒法ノ中ニ。宿福深厚ノ者ハ。思ノ外ナルコト有ルモノシヤ。目ニハ見子ドモ。佛有ルコトヲ信スル。假令心ニ得ル位ニ至ラストモ。法有ルコトヲ信スル。自ラ凡夫位ニ在テ。聖者有ルコトヲ信スルシヤ。譬ヘテイハハ。病人ノ此世ノ緣ツキヌ者ハ。明醫ノ言ヲ信シ。良藥ヲ服シ。親好看病ノ言ニ隨順スル如クシヤ。號君カ扁鵲ノ言ヲ用フ。此ニ因テ其太子蘇生ス。佛在世婆伽陀城ノ長者婦カ者婆ノ言ヲ信シテ死スヘキ病ノ平癒セシ類。引正王ノ龍樹菩薩ノ教ヲ守テ長壽ヲ得シ類。命根有ルヘキ者ハ明醫ニ逢テ其言ヲ信スル。ソノ如ク。正法ノ慧命アル者ハ不邪見戒ニ隨順スルシヤ。
新字:此不邪見戒法ノ中ニ。宿福深厚ノ者ハ。思ノ外ナルコト有ルモノシヤ。目ニハ見子ドモ。仏有ルコトヲ信スル。仮令心ニ得ル位ニ至ラストモ。法有ルコトヲ信スル。自ラ凡夫位ニ在テ。聖者有ルコトヲ信スルシヤ。譬ヘテイハハ。病人ノ此世ノ縁ツキヌ者ハ。明医ノ言ヲ信シ。良薬ヲ服シ。親好看病ノ言ニ随順スル如クシヤ。号君カ扁鵲ノ言ヲ用フ。此ニ因テ其太子蘇生ス。仏在世婆伽陀城ノ長者婦カ者婆ノ言ヲ信シテ死スヘキ病ノ平癒セシ類。引正王ノ竜樹菩薩ノ教ヲ守テ長寿ヲ得シ類。命根有ルヘキ者ハ明医ニ逢テ其言ヲ信スル。ソノ如ク。正法ノ慧命アル者ハ不邪見戒ニ随順スルシヤ。
書き下し
此不邪見戒法ノ中ニ。宿福深厚ノ者ハ。思ノ外ナルコト有ルモノシヤ。目ニハ見子ドモ。仏有ルコトヲ信スル。仮令心ニ得ル位ニ至ラストモ。法有ルコトヲ信スル。自ラ凡夫位ニ在テ。聖者有ルコトヲ信スルシヤ。譬ヘテイハハ。病人ノ此世ノ縁ツキヌ者ハ。明医ノ言ヲ信シ。良薬ヲ服シ。親好看病ノ言ニ随順スル如クシヤ。号君カ扁鵲ノ言ヲ用フ。此ニ因テ其太子蘇生ス。仏在世婆伽陀城ノ長者婦カ者婆ノ言ヲ信シテ死スヘキ病ノ平癒セシ類。引正王ノ竜樹菩薩ノ教ヲ守テ長寿ヲ得シ類。命根有ルヘキ者ハ明医ニ逢テ其言ヲ信スル。ソノ如ク。正法ノ慧命アル者ハ不邪見戒ニ随順スルシヤ。
現代語訳
この不邪見戒法においては、前世からの福が深く厚い者には、思いのほかのことがあるものである。目には見えないけれども、仏がおられることを信じる。たとえ心に会得する位に至らなくても、法があることを信じる。自分は凡夫の位にいながら、聖者がいることを信じるのである。たとえて言えば、病人でこの世の縁が尽きていない者は、名医の言葉を信じ、良い薬を飲み、親しい者や看病人の言葉に従うようなものである。虢の君主が扁鵲の言葉を用い、これによってその太子が生き返った。仏の在世に、婆伽陀城の長者の妻が耆婆の言葉を信じて、死ぬはずの病が治った類。引正王が龍樹菩薩の教えを守って長寿を得た類。命の根がまだあるはずの者は、名医に会ってその言葉を信じる。それと同じように、正法の慧命(智慧の命)がある者は、不邪見戒に従うのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・問學・第一に信を體するを要す我は我を信じ得過ぐるも、人は未だ必ずしも我を信じ得過ぎず。故に君子は嫌を避く。若し正大光明の心を以てすること青天白日の如く、又た至誠惻怛の意を以てすること火の熱く水の寒きが如くんば、何の嫌か避く可けん。故に君子の學問は第一に信を體するを要す。只だ信じ了はらば、天下に些子の事無し。
-
『十善法語』巻第十・不邪見戒之上此仏有ルコトヲ信スレハ。的ヲ見テ矢ヲ発ツ如ク。孜孜トシテ善ヲ作シテ止ヌ。元来平等法性ノ中ニ。此仏ヲ信スレハ。此心即仏心ト云ヘシ。此場処省発モ入ラヌ。悟モイラヌ。教相判釈モイラヌ。文章利口モイラヌコトシヤ。此仏トナルヘキ道ヲ法ト名ル。其道ヲ行フ人ヲ菩薩ト名ツク。此道ヲ守護スル者ヲ諸天神祇ト名クルコトシヤ。此神祇有ルコトヲ信スレハ。タトヒ小根劣機ノ者モ。人シラヌ心ノ内ニモ。悪事ハ思ハレヌ。マシテ悪事ハナサレヌ。人ト云モノハ習ハセニ由ル。善ヲ習ヘハ善ニウツル。此習カ性トナリ。此善カ我心身トナル。天神ニ事テ天神ノ徳ヲ我身ニ全クスル。地水火風ノ四大神ヲ祭テ四大ノ徳ヲ全クスル。此徳ヲ全クスル時節カ聖賢ノ地位ニ入ルヘキ時節ソ。支那国ノ古書ニ。歴代王者ノ五行ノ徳ヲ述ル。是モナキコトニ非ス。天下ヲ掌握ノ中ニ全クスル人ハ。自ラ四大五行ノ徳アルヘシ。万般唯信アル者ト共ニ言フヘキコトシヤ。
-
『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・信の世界に偽詐多く疑いの世界に真理多し信の世界に偽詐多く、疑いの世界に真理多し。試みに見よ、世間の愚民、人の言を信じ、人の書を信じ、小説を信じ、風聞を信じ、神仏を信じ、卜筮を信じ、父母の大病に按摩の説を信じて草根木皮を用い、娘の縁談に家相見の指図を信じて良夫を失い、熱病に医師を招かずして念仏を申すは阿弥陀如来を信ずるがためなり。三七日の断食に落命するは不動明王を信ずるがゆえなり。この人民の仲間に行なわるる真理の多寡を問わば、これに答えて多しと言うべからず。真理少なければ偽詐多からざるを得ず。けだしこの人民は事物を信ずといえども、その信は偽を信ずる者なり。ゆえにいわく、「信の世界に偽詐多し」と。
-
論語・学而篇有子曰く、「信義に近ければ、言復む可きなり。恭礼に近ければ、恥辱に遠ざかるなり。因りて其の親を失わざれば、亦宗とす可きなり。」
-
『十善法語』巻第四・不妄語戒又春秋ノ時。晋ノ荀吳鼓ヲ囲ム。鼓城ノ一人城ヲヒキヰ降ント請フ。穆子コレヲ許サス。左右ノ者ミナ云。兵ヲ労セズシテ城ヲ獲ル。何故許ササル。穆子曰。若是ヲ受テ賞ヲ行ハハ不忠不義ヲ賞スルニナラン。若コレヲ受テ賞セネハ信ヲ失フ。二途倶ニ道ニソムクト。使ヲツカハシテ叛人ノ名ヲ鼓城ニ告テ刑セシム。後三月鼓人降ント請。穆子曰。姑ク汝カ城ヲ守レ。猶食色有ト。軍吏曰。今日不義ナラス。民ヲ労セスシテ城ヲ獲ルニ。何故許ササルト穆子曰。彼未タ力尽ズシテ降ルハ怠ナリ。怠ヲ買ハ道全カラスト其後鼓人力竭食尽ルト告ク。鼓ニ克チ軍ヲ全シテ。一人ヲモ戮セスト。此等モ面白キ事実シヤ。
-
『十善法語』巻第十一・不邪見戒之中総シテ心ノアル処ハ形ノアル処。形ノ生スル処ニ其心生スルシヤ。此女人自ノ眉目鼻口ノソナヘニ自執着セシ故。一息截断ノ時。其着セル心還テ己カ面上ニ生シ。虫ト為テ暫モ離レ得ヌシヤ。摩訶羅ト云ハ梵語デ。此ニハ老ナリ愚ナリト翻スル。愚人ノ年ヲ重ネタル者ノ名シヤ。看ヨ。正法ハ智愚ヲ択ハヌ。唯信アル処ニ此縁起実相ハ顕ルルシヤ。今日ノ者モ純一ニ心ヲ寄セハ。仮令摩訶羅ナリトモ。甚深ノ法ニ通達スヘキシヤ。