十善法語 / 巻第九・不瞋恚戒
此人間ニ夢アリテ。面白キコトシヤ。此ニ因テ業相轉變ノ比況シ解シラルルモ。面白キコトシヤ。審諦思惟シテ。土偶人カ鏡ニ對スルカ如キモ。面白キコトシヤ。順違ノ境ニ對シテ貪欲瞋恚ヲ制伏スルモ。面白キコトシヤ。制伏力ヲ得テ一切惡事ニ隨順セヌモ。面白キコトシヤ。此山河大地ハ一念心ノ轉變ナルコトヲ知ルモ。面白キコトシヤ。今日吾形容モ一念心ノ轉變ナルコトヲ知ル。面白キコトシヤ。信アル者ハ其力ヲ得ル。信ナキ者ハ其力ヲ得ヌモ。面白キコトシヤ。得道ノ人ハ池邊ニ蛙ノオトル。樹上ニ烏ノサワグ。春半ニ百花ノ香ヲ呈スル。秋初ニ冷風ヲ催ス。ミナ不可思議解脫ノ現前スル處ト云コトシヤ。經中ニ。羅漢果ヲ證セシ人ハ左ノ方ニ香ヲ以テ供養スル。右ノ方ニ損害ノ心ヲ以テ來ル。此二人ニ愛憎ナキトアルシヤ。
新字:此人間ニ夢アリテ。面白キコトシヤ。此ニ因テ業相転変ノ比況シ解シラルルモ。面白キコトシヤ。審諦思惟シテ。土偶人カ鏡ニ対スルカ如キモ。面白キコトシヤ。順違ノ境ニ対シテ貪欲瞋恚ヲ制伏スルモ。面白キコトシヤ。制伏力ヲ得テ一切悪事ニ随順セヌモ。面白キコトシヤ。此山河大地ハ一念心ノ転変ナルコトヲ知ルモ。面白キコトシヤ。今日吾形容モ一念心ノ転変ナルコトヲ知ル。面白キコトシヤ。信アル者ハ其力ヲ得ル。信ナキ者ハ其力ヲ得ヌモ。面白キコトシヤ。得道ノ人ハ池辺ニ蛙ノオトル。樹上ニ烏ノサワグ。春半ニ百花ノ香ヲ呈スル。秋初ニ冷風ヲ催ス。ミナ不可思議解脱ノ現前スル処ト云コトシヤ。経中ニ。羅漢果ヲ証セシ人ハ左ノ方ニ香ヲ以テ供養スル。右ノ方ニ損害ノ心ヲ以テ来ル。此二人ニ愛憎ナキトアルシヤ。
書き下し
此人間ニ夢アリテ。面白キコトシヤ。此ニ因テ業相転変ノ比況シ解シラルルモ。面白キコトシヤ。審諦思惟シテ。土偶人カ鏡ニ対スルカ如キモ。面白キコトシヤ。順違ノ境ニ対シテ貪欲瞋恚ヲ制伏スルモ。面白キコトシヤ。制伏力ヲ得テ一切悪事ニ随順セヌモ。面白キコトシヤ。此山河大地ハ一念心ノ転変ナルコトヲ知ルモ。面白キコトシヤ。今日吾形容モ一念心ノ転変ナルコトヲ知ル。面白キコトシヤ。信アル者ハ其力ヲ得ル。信ナキ者ハ其力ヲ得ヌモ。面白キコトシヤ。得道ノ人ハ池辺ニ蛙ノオトル。樹上ニ烏ノサワグ。春半ニ百花ノ香ヲ呈スル。秋初ニ冷風ヲ催ス。ミナ不可思議解脱ノ現前スル処ト云コトシヤ。経中ニ。羅漢果ヲ証セシ人ハ左ノ方ニ香ヲ以テ供養スル。右ノ方ニ損害ノ心ヲ以テ来ル。此二人ニ愛憎ナキトアルシヤ。
現代語訳
この人間に夢があって、面白いことである。これによって業相の転変が譬えとして解されるのも、面白いことである。審らかに思惟して、土の人形が鏡に向かうようであるのも、面白いことである。順と違の境に対して貪欲と瞋恚を制伏するのも、面白いことである。制伏の力を得て一切の悪事に従わないのも、面白いことである。この山河大地が一念の心の転変であることを知るのも、面白いことである。今日の我が姿形も一念の心の転変であることを知るのも、面白いことである。信のある者はその力を得る。信のない者がその力を得ないのも、面白いことである。道を得た人には、池のほとりで蛙が躍る、木の上で烏が騒ぐ、春の半ばに百花が香りを放つ、秋の初めに冷たい風が起こる、みな不可思議な解脱が現前する所だということである。経の中に、阿羅漢果を証した人は、左の方から香をもって供養する者と、右の方から損害の心をもって来る者と、この二人に愛憎がない、とあるのである。
解説
この章句が説くこと
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『十善法語』巻第九・不瞋恚戒現今目前ニ虚空ト云モノアリテ。面白キシヤ。此虚空アリテ法ノ比況シ解シラルル。面白キシヤ。現今目前ニ山河大地ト云モノアリテ。面白キシヤ。此山河大地。虚空ノ中ニ安住シ起滅シテ。面白キシヤ。現今目前ニ衆生ト云モノアリテ。面白キシヤ。此衆生虚空ノ中ニ安住シ起滅シテ。面白キシヤ。此世界ニ此人間アル。空中ニ往来シ。元来根帯ナシ。空中ニ坐臥シテ自由ノ分ナシ。空中ニ天ヲ戴ク。此天空ニ浮テ元来根蒂ナシ。何ヤウニ迷ヲ重ネテモ。一念心ノ瞋恚生スヘキ理ナキシヤ。空中ニ地ヲ履ム。此地空ニ浮ヒテ元来根蔕ナシ。何ヤウニ迷ヲ累ネテモ。一念心ノ瞋恚生スヘキ理ナキシヤ。
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『十善法語』巻第九・不瞋恚戒一念心生スレハ念ニ念相アル。前念カ後念ノ縁トナツテ念念相続スル。此念相続シテ必内外分ル。内ニ自心ヲ見ル。外ニ山河大地。屋宅田地。金銀財宝。人間物類生スル。此中境生スレハ愛憎分ル。人物生スレハ親疎生ス。迷フ者此現今ノ境ニ於テ実解ヲナセドモ。今日ノ境界唯是妄心夢中ノ所現シヤ。一異ヲ云ヘカラズ。内外ヲ云ヘカラズ。親疎ヲ云ヘカラス。愛憎スヘカラス。此妄心夢中ノ世界ニ誑カサレテ貪欲ヲ生シ。瞋恚ヲ生シテ。無量刧ノ沈淪ヲ受ルハ。悲ムヘキコトシヤ。
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『十善法語』巻第九・不瞋恚戒看ヨ。同類集リ生シテ自カラ其名ヲ知ラズ。異類相対シテ各各来処ヲ知ラヌ。縁有テ合会スル。異類モ我用トナル。縁尽テ離散スル。形骸モ黄土トナル。正眼ニ看来リ。正念ニ思惟スレハ。全ク是法ノ著シキ処。丸コカシ不瞋恚戒ノ儀シヤ。此世界平等ナリ。山川草木皆己心中ノ法門シヤ。飛花落葉悉ク我迷情ヲ開解スル道場シヤ。清風明月我ト共ニ善ヲ修シ悪ヲ止ムル友シヤ。馬ノ轡ヲ衝ム。牛ノ鼻木ヲ受ル。狗ノ門ヲ守ル。鶏ノ暁ヲ報スル。山林ニ花果アル。田野ニ穀米アル。ミナ我手足庫蔵シヤ。男女大小。起居動静。ミナ我善知識シヤ。唯悪業因縁怨讎構造セルヲ除クシヤ。元来平等性ノ中。彼ニ是ナク此ニ非ナシ。此ニ愛ナク彼ニ憎ナシ。正眼ニ看来リ。正念ニ思惟スレハ。全ク是法ノ著シキ処。丸コカシ不瞋恚戒ノ儀シヤ。
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『十善法語』巻第九・不瞋恚戒初心ニ此処解シガタクハ。且ク夢ヲ以テ比対シテ解セヨ。睡眠ノ中ニ念想生スレハ。此形ノ外ニ形顕ル。眠ル身ト。夢ノ内ノ身ト。一ト云ヘカラス。異ト云ヘカラス。眠ル形ハ夢ノ形ヲ知ラズ。夢ノ吾身ハ別ニ眠レル姿アルコトヲ知ラヌ。此夢中ニ形生スレハ。山河大地生スル。此吾身ト山河大地ト。一ト云ヘカラズ。異ト云ヘカラズ。山ニイロイロノ山アリ。河モイロイロノ姿ヲ見ル。山河大地生スレハ。或ハ他ノ有情生スル。此吾身ト他ノ有情ト。一ト云ヘカラス。異ト云ヘカラス。有情生スレハ親疎分ル。親シキ人ニアヘハ悅フ。豺狼猛獣ニアヘハ怖畏ヲ生スル。此怖レラルル猛獣ニ実体ナキノミナラス。怖ルル吾身モ実体ナキシヤ。此ハ何ノ処ヨリ現ズルナラバ。睡眠ノ中。念想転変ニ由テコレ有シヤ。今日目前ノ境界モカクノ如クシヤ。
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『十善法語』巻第九・不瞋恚戒此人ノ此世ニ在ル。貴賤相従ヒ。老少相随フ。人畜交リ生シ。万物布列スルコト手足ノ一体ヲ共ニシ。二十指二十爪ノ各各布列スル如クシヤ。右辺是非ナク。左辺是非ナシ。其是非ヲ見ル者ハ見ル者ノ過シヤ。其瞋恚ヲ生スルハ生スル者ノ過シヤ。骨肉相纏縛シテ其中念相ノ仮ニ相続スルコト。海水ノ一波纔ニ動スレハ万波随フ如シ。前波ハ後波ノ起ルヲ知ラズ。後波ハ前波ヨリ動シ来ヲ知ラズ。前念ヲ縁トシテ後念続テ起ル。或ハ慳貪ムネヲ焦シ。瞋恚事ヲ敗ル。正念ニ思惟スレハ前念我他彼此ナク。後念我他彼此ナシ。唯慳貪ヲ起スハ。起ス者ノ失シヤ。瞋恚ヲ生スルハ。生スル者ノ過シヤ。
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『十善法語』巻第九・不瞋恚戒迷ハハ迷ヘ。此迷元来根帯ナシ。覚ラハ覚レ。菩提ハ是空ノ義シヤ。真正道人ノ世ニ在コト虚空ノ如クシヤ。九天ハ空中ニ在テ靉靆弥布スル。大地ハ空中ニ在テ墜堕セヌ。元来虚空ニ上下ハナキシヤ。倒世界ノ人間モ。井中ニ水ヲ汲ハ。力ヲ労シテ水ヲ得ル。空中ニ雨露ヲフセクハ屋ヲ覆フテ居住スルシヤ。此縁アリテ此世ニ生スル万般唯縁由ノ差排シヤ。世事ノ思フママナラヌ処ニ。面白キコトアルシヤ。此縁アリテ此苦楽ヲ生スル。一切唯迷情ノ差排シヤ。我身ノ思フ儘ナラヌ処ニ。面白キコトアルシヤ。