十善法語 / 巻第九・不瞋恚戒
一念心生スレハ念ニ念相アル。前念カ後念ノ緣トナツテ念念相續スル。此念相續シテ必內外分ル。內ニ自心ヲ見ル。外ニ山河大地。屋宅田地。金銀財寶。人間物類生スル。此中境生スレハ愛憎分ル。人物生スレハ親疎生ス。迷フ者此現今ノ境ニ於テ實解ヲナセドモ。今日ノ境界唯是妄心夢中ノ所現シヤ。一異ヲ云ヘカラズ。内外ヲ云ヘカラズ。親疎ヲ云ヘカラス。愛憎スヘカラス。此妄心夢中ノ世界ニ誑カサレテ貪欲ヲ生シ。瞋恚ヲ生シテ。無量刧ノ沈淪ヲ受ルハ。悲ムヘキコトシヤ。
新字:一念心生スレハ念ニ念相アル。前念カ後念ノ縁トナツテ念念相続スル。此念相続シテ必内外分ル。内ニ自心ヲ見ル。外ニ山河大地。屋宅田地。金銀財宝。人間物類生スル。此中境生スレハ愛憎分ル。人物生スレハ親疎生ス。迷フ者此現今ノ境ニ於テ実解ヲナセドモ。今日ノ境界唯是妄心夢中ノ所現シヤ。一異ヲ云ヘカラズ。内外ヲ云ヘカラズ。親疎ヲ云ヘカラス。愛憎スヘカラス。此妄心夢中ノ世界ニ誑カサレテ貪欲ヲ生シ。瞋恚ヲ生シテ。無量刧ノ沈淪ヲ受ルハ。悲ムヘキコトシヤ。
書き下し
一念心生スレハ念ニ念相アル。前念カ後念ノ縁トナツテ念念相続スル。此念相続シテ必内外分ル。内ニ自心ヲ見ル。外ニ山河大地。屋宅田地。金銀財宝。人間物類生スル。此中境生スレハ愛憎分ル。人物生スレハ親疎生ス。迷フ者此現今ノ境ニ於テ実解ヲナセドモ。今日ノ境界唯是妄心夢中ノ所現シヤ。一異ヲ云ヘカラズ。内外ヲ云ヘカラズ。親疎ヲ云ヘカラス。愛憎スヘカラス。此妄心夢中ノ世界ニ誑カサレテ貪欲ヲ生シ。瞋恚ヲ生シテ。無量刧ノ沈淪ヲ受ルハ。悲ムヘキコトシヤ。
現代語訳
一念の心が生じれば、念に念の相がある。前の念が後の念の縁となって、念々が相続する。この念が相続して、必ず内と外に分かれる。内に自分の心を見る。外に山河大地、家屋や田地、金銀財宝、人間や物の類が生じる。この中で境が生じれば愛憎が分かれる。人や物が生じれば親疎が生じる。迷う者はこの現前の境に対して実在のものとして理解するけれども、今日の境界はただ妄心の夢の中に現れたものである。一つか異なるかを言うべきではない。内か外かを言うべきではない。親疎を言うべきではない。愛憎すべきではない。この妄心の夢の中の世界に欺かれて貪欲を生じ、瞋恚を生じて、無量劫の沈淪を受けるのは、悲しむべきことである。
解説
この章句が説くこと
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