師導古典を学びたいすべての人に

十善法語 / 巻第九・不瞋恚戒

此人ノ此世ニ在ル。貴賤相從ヒ。老少相隨フ。人畜交リ生シ。萬物布列スルコト手足ノ一體ヲ共ニシ。二十指二十爪ノ各各布列スル如クシヤ。右邊是非ナク。左邊是非ナシ。其是非ヲ見ル者ハ見ル者ノ過シヤ。其瞋恚ヲ生スルハ生スル者ノ過シヤ。骨肉相纏縛シテ其中念相ノ假ニ相續スルコト。海水ノ一波纔ニ動スレハ萬波隨フ如シ。前波ハ後波ノ起ルヲ知ラズ。後波ハ前波ヨリ動シ來ヲ知ラズ。前念ヲ緣トシテ後念續テ起ル。或ハ慳貪ムネヲ焦シ。瞋恚事ヲ敗ル。正念ニ思惟スレハ前念我他彼此ナク。後念我他彼此ナシ。唯慳貪ヲ起スハ。起ス者ノ失シヤ。瞋恚ヲ生スルハ。生スル者ノ過シヤ。

新字:此人ノ此世ニ在ル。貴賤相従ヒ。老少相随フ。人畜交リ生シ。万物布列スルコト手足ノ一体ヲ共ニシ。二十指二十爪ノ各各布列スル如クシヤ。右辺是非ナク。左辺是非ナシ。其是非ヲ見ル者ハ見ル者ノ過シヤ。其瞋恚ヲ生スルハ生スル者ノ過シヤ。骨肉相纏縛シテ其中念相ノ仮ニ相続スルコト。海水ノ一波纔ニ動スレハ万波随フ如シ。前波ハ後波ノ起ルヲ知ラズ。後波ハ前波ヨリ動シ来ヲ知ラズ。前念ヲ縁トシテ後念続テ起ル。或ハ慳貪ムネヲ焦シ。瞋恚事ヲ敗ル。正念ニ思惟スレハ前念我他彼此ナク。後念我他彼此ナシ。唯慳貪ヲ起スハ。起ス者ノ失シヤ。瞋恚ヲ生スルハ。生スル者ノ過シヤ。

書き下し

此人ノ此世ニ在ル。貴賤相従ヒ。老少相随フ。人畜交リ生シ。万物布列スルコト手足ノ一体ヲ共ニシ。二十指二十爪ノ各各布列スル如クシヤ。右辺是非ナク。左辺是非ナシ。其是非ヲ見ル者ハ見ル者ノ過シヤ。其瞋恚ヲ生スルハ生スル者ノ過シヤ。骨肉相纏縛シテ其中念相ノ仮ニ相続スルコト。海水ノ一波纔ニ動スレハ万波随フ如シ。前波ハ後波ノ起ルヲ知ラズ。後波ハ前波ヨリ動シ来ヲ知ラズ。前念ヲ縁トシテ後念続テ起ル。或ハ慳貪ムネヲ焦シ。瞋恚事ヲ敗ル。正念ニ思惟スレハ前念我他彼此ナク。後念我他彼此ナシ。唯慳貪ヲ起スハ。起ス者ノ失シヤ。瞋恚ヲ生スルハ。生スル者ノ過シヤ。

現代語訳

この人がこの世にいる。貴賤が互いに従い、老少が互いに付き従う。人と畜生が交わって生き、万物が並び連なることは、手足が一つの体を共にし、二十の指と二十の爪がおのおの並んでいるようなものである。右の側に是非もなく、左の側に是非もない。その是非を見る者は、見る者の過ちである。その瞋恚を生じるのは、生じる者の過ちである。骨と肉が互いにまとわりつき、その中で念の相が仮に相続することは、海水の一つの波がわずかに動けば万の波が従うようなものである。前の波は後の波が起こることを知らない。後の波は前の波から動いて来たことを知らない。前の念を縁として、後の念が続いて起こる。あるいは慳貪が胸を焦がし、瞋恚が事を敗る。正しい念で思惟すれば、前の念にも我・他・彼・此はなく、後の念にも我・他・彼・此はない。ただ慳貪を起こすのは、起こす者の失である。瞋恚を生じるのは、生じる者の過ちである。

解説

人も畜生も万物も、一つの体の手足や、二十の指と爪のように並んでいる、と尊者は言う。右手と左手に是非がないように、是非を見るのは見る者の過ち、怒りを生むのは生む者の過ちである。心の中では、一つの波が動けば次々と波が起こるように、前の念を縁として後の念が続き、慳貪が胸を焦がし怒りが事を壊す。しかしどの念にも本来、自分と他人の区別はない。怒りの原因を相手に探す前に、自分の念の連なりを見よ、という指摘は、感情の連鎖に気づく手がかりになる。

この章句が説くこと

是非瞋恚念念慳貪一体不瞋恚

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる