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十善法語 / 巻第九・不瞋恚戒

又昔天竺國ニ一ノ貧家アリ。其家婦姑常ニ和セス。或時ソノ婦飯ヲ炊ク。姑非理ニ呵責ス。婦瞋リ恚トモ。姑ニ對シテ相爭コトアタハス。傍ナル藉羊ニ向テ。此羊コソ畜生ヨト云テ。モエクヒヲ以テ打ツ。其火カ羊ノ毛ニモエツク。羊ナキサケヒ。ニゲ出テ。積シワラノ中ニ入ル。其火ワラニ着ク時。風烈ク大火ニナリ。民屋ヲ燒亡シテ。國王ノ象部屋ニ及フ。象カ其象部屋ヲ推倒シ。迯ケ出テ。隣國ニ走リ往テ。人民田畠ヲソコナフ。是カ兩國ノ爭トナリ。數十年ノ軍陣カ起タト云コトシヤ。看ヨ。婦姑勃蹊カ兩國ノ軍陣トナルシヤ。一念瞋恚ノ過ニ由テ。無量刧ノ過患トナル。互ニ能緣所緣ト成テ自他共ニ沈淪スルコト。此タグヒシヤ。

新字:又昔天竺国ニ一ノ貧家アリ。其家婦姑常ニ和セス。或時ソノ婦飯ヲ炊ク。姑非理ニ呵責ス。婦瞋リ恚トモ。姑ニ対シテ相争コトアタハス。傍ナル藉羊ニ向テ。此羊コソ畜生ヨト云テ。モエクヒヲ以テ打ツ。其火カ羊ノ毛ニモエツク。羊ナキサケヒ。ニゲ出テ。積シワラノ中ニ入ル。其火ワラニ着ク時。風烈ク大火ニナリ。民屋ヲ焼亡シテ。国王ノ象部屋ニ及フ。象カ其象部屋ヲ推倒シ。迯ケ出テ。隣国ニ走リ往テ。人民田畠ヲソコナフ。是カ両国ノ争トナリ。数十年ノ軍陣カ起タト云コトシヤ。看ヨ。婦姑勃蹊カ両国ノ軍陣トナルシヤ。一念瞋恚ノ過ニ由テ。無量刧ノ過患トナル。互ニ能縁所縁ト成テ自他共ニ沈淪スルコト。此タグヒシヤ。

書き下し

又昔天竺国ニ一ノ貧家アリ。其家婦姑常ニ和セス。或時ソノ婦飯ヲ炊ク。姑非理ニ呵責ス。婦瞋リ恚トモ。姑ニ対シテ相争コトアタハス。傍ナル藉羊ニ向テ。此羊コソ畜生ヨト云テ。モエクヒヲ以テ打ツ。其火カ羊ノ毛ニモエツク。羊ナキサケヒ。ニゲ出テ。積シワラノ中ニ入ル。其火ワラニ着ク時。風烈ク大火ニナリ。民屋ヲ焼亡シテ。国王ノ象部屋ニ及フ。象カ其象部屋ヲ推倒シ。迯ケ出テ。隣国ニ走リ往テ。人民田畠ヲソコナフ。是カ両国ノ争トナリ。数十年ノ軍陣カ起タト云コトシヤ。看ヨ。婦姑勃蹊カ両国ノ軍陣トナルシヤ。一念瞋恚ノ過ニ由テ。無量刧ノ過患トナル。互ニ能縁所縁ト成テ自他共ニ沈淪スルコト。此タグヒシヤ。

現代語訳

また昔、天竺国に一つの貧しい家があった。その家の嫁と姑は常に仲が悪かった。ある時、その嫁が飯を炊いていた。姑が理不尽に叱りつけた。嫁は怒ったけれども、姑に向かって言い争うことはできない。そばにいた羊に向かって、「この羊こそ畜生め」と言って、燃えさしで打った。その火が羊の毛に燃えついた。羊は泣き叫び、逃げ出して、積んであった藁の中に入った。その火が藁に着いた時、風が激しく大火になり、民家を焼き尽くして、国王の象小屋にまで及んだ。象はその象小屋を押し倒して逃げ出し、隣国に走って行って、人民の田畑を損なった。これが両国の争いとなり、数十年の戦が起こったということである。見よ。嫁と姑の言い争いが、両国の戦となるのである。一念の瞋恚の過ちによって、無量劫の過ちと患いとなる。互いに能縁と所縁となって、自他ともに沈み込んでいくのは、こういう類である。

解説

姑に理不尽に叱られた嫁が、言い返せない怒りをそばの羊にぶつけ、燃えさしで打つ。燃えた羊が藁に飛び込み、大火は民家から王の象小屋に及び、逃げた象が隣国の田畑を荒らし、ついに両国の数十年の戦になった。怒りは言い返せない相手から、より弱い者へと向けられ、そこから思いもよらない規模に広がっていく。尊者は、一念の怒りが互いに原因と結果を作り合って、自他を沈めていくと説く。八つ当たりの連鎖を考えさせる譬えである。

この章句が説くこと

瞋恚八つ当たり連鎖嫁姑因縁一念

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