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十善法語 / 巻第八・不貪欲戒

正眼ニ看來レハ。一切世界ニ一物ノ捨ベキハナイ。者婆童子カ艸木瓦石ヲ取用ヒテ皆藥トスル如クシヤ。一切世界ニ一法ノ取ベキハナイ。上聖果ヲ求ルモ好肉上ノ疵シヤ。下衆生ヲ度スルモ老婆ノ飴ヲ含ンテ孫ヲ弄スル如クシヤ。元來大地ニ衆生ナシシヤ。若度スヘキ衆生ヲ見ハ。此人ハ愛見ニ屬スル。經中ニ凡夫一念心上ニ微塵等ノ菩薩アリテ。悉ク菩提心ヲ發シ。菩薩ノ行ヲ修シ。無上菩提ヲ得ルトアルシヤ。十方世界ニ一法モ不可得ナルシヤ。モシ求ムヘキ菩提ヲ見ハ。此人愛見ニ屬スル。經中ニ遠離一切顚倒夢想究竟涅槃トアル。論ノ中ニ現前立少物謂是唯識性。彼有所得故非實住唯識トアル。法執戒禁取ヲ以テ强テ法ヲ求ムヘキテハナイ。若凡ヲ憎ミ聖ヲ愛セハ。此人憎愛取捨ニワタル。若一分無明ヲ斷シ一分中道ヲ證セハ。此人階梯ニ滯ル。不貪欲戒ヲ滿足ストハ名ツケラレヌシヤ。

新字:正眼ニ看来レハ。一切世界ニ一物ノ捨ベキハナイ。者婆童子カ艸木瓦石ヲ取用ヒテ皆薬トスル如クシヤ。一切世界ニ一法ノ取ベキハナイ。上聖果ヲ求ルモ好肉上ノ疵シヤ。下衆生ヲ度スルモ老婆ノ飴ヲ含ンテ孫ヲ弄スル如クシヤ。元来大地ニ衆生ナシシヤ。若度スヘキ衆生ヲ見ハ。此人ハ愛見ニ属スル。経中ニ凡夫一念心上ニ微塵等ノ菩薩アリテ。悉ク菩提心ヲ発シ。菩薩ノ行ヲ修シ。無上菩提ヲ得ルトアルシヤ。十方世界ニ一法モ不可得ナルシヤ。モシ求ムヘキ菩提ヲ見ハ。此人愛見ニ属スル。経中ニ遠離一切顛倒夢想究竟涅槃トアル。論ノ中ニ現前立少物謂是唯識性。彼有所得故非実住唯識トアル。法執戒禁取ヲ以テ強テ法ヲ求ムヘキテハナイ。若凡ヲ憎ミ聖ヲ愛セハ。此人憎愛取捨ニワタル。若一分無明ヲ断シ一分中道ヲ証セハ。此人階梯ニ滞ル。不貪欲戒ヲ満足ストハ名ツケラレヌシヤ。

書き下し

正眼ニ看来レハ。一切世界ニ一物ノ捨ベキハナイ。者婆童子カ艸木瓦石ヲ取用ヒテ皆薬トスル如クシヤ。一切世界ニ一法ノ取ベキハナイ。上聖果ヲ求ルモ好肉上ノ疵シヤ。下衆生ヲ度スルモ老婆ノ飴ヲ含ンテ孫ヲ弄スル如クシヤ。元来大地ニ衆生ナシシヤ。若度スヘキ衆生ヲ見ハ。此人ハ愛見ニ属スル。経中ニ凡夫一念心上ニ微塵等ノ菩薩アリテ。悉ク菩提心ヲ発シ。菩薩ノ行ヲ修シ。無上菩提ヲ得ルトアルシヤ。十方世界ニ一法モ不可得ナルシヤ。モシ求ムヘキ菩提ヲ見ハ。此人愛見ニ属スル。経中ニ遠離一切顛倒夢想究竟涅槃トアル。論ノ中ニ現前立少物謂是唯識性。彼有所得故非実住唯識トアル。法執戒禁取ヲ以テ强テ法ヲ求ムヘキテハナイ。若凡ヲ憎ミ聖ヲ愛セハ。此人憎愛取捨ニワタル。若一分無明ヲ断シ一分中道ヲ証セハ。此人階梯ニ滞ル。不貪欲戒ヲ満足ストハ名ツケラレヌシヤ。

現代語訳

正しい眼で見てくれば、一切世界に捨てるべき一物もない。耆婆童子が草木や瓦石を取り用いて、みな薬とするようなものである。一切世界に取るべき一法もない。上に聖果を求めるのも、きれいな肌の上の傷である。下に衆生を救うのも、老婆が飴を含んで孫をあやすようなものである。元来、大地に衆生はないのである。もし救うべき衆生を見るならば、この人は愛見に属する。経の中に、凡夫の一念の心の上に微塵の数ほどの菩薩がいて、ことごとく菩提心を起こし、菩薩の行を修し、無上菩提を得る、とあるのである。十方世界に、得られる一法もないのである。もし求めるべき菩提を見るならば、この人は愛見に属する。経の中に、「一切の顛倒した夢想を遠く離れて、涅槃を究め尽くす」とある。論の中に、「目の前に少しの物を立てて、これが唯識の性であると言うならば、それは得る所があるのだから、真に唯識に住しているのではない」とある。法への執着や戒禁取によって、強いて法を求めるべきではない。もし凡夫を憎み聖者を愛するならば、この人は憎愛取捨にわたっている。もし一分の無明を断ち、一分の中道を証するならば、この人は階梯に滞っている。不貪欲戒を満足したとは名づけられないのである。

解説

不貪欲戒の最も深い所を説く。世界に捨てるべき一物もなく、名医耆婆が草木瓦石をみな薬としたように、すべてが用をなす。同時に取るべき一法もなく、悟りを求めることさえ美しい肌に付けた傷であり、衆生を救おうとすることも老婆が飴で孫をあやすようなものだという。般若心経の、一切の顛倒夢想を遠離するという句や、唯識三十頌の、目の前に何かを立てて唯識の性と言えば真の唯識ではない、という句が裏づけとして引かれる。善いものへの執着もまた貪りになる、という指摘は、理想や成果に囚われがちな人に響く。

この章句が説くこと

取捨執着菩提唯識愛見不貪欲

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