十善法語 / 巻第八・不貪欲戒
此耳有テ聽ク。五音ノ聰ヲ傷フコトヲ知ル。十分ノ好ヲ求メヌ。若其音聲甚タ耳ニ適フトキハ其守ヲ知ル。俗典ノ中ニ。鄭聲淫聲ヲ遠サクル。此義シヤ。沙門法ノ中ハ。歌舞作樂ヲ故ニ往テ觀聽セヌ是シヤ。此鼻有テ香ヲ取ル。是モ十分ノ好ヲ求メヌ。鼻根ハ眼耳ニ比スレハ鈍根ナルモノデ。害少ナキコトナレトモ。此中ニモ其守ヲ失ヌシヤ。沙門法ノ中ハ。香油塗身セヌ。此儀シヤ。唐玄宗ノトキ。五家出行ニ香數十里ニ聞ユトアルハ。甚シキコトシヤ。平生ノ安ンスル處。受用ノ資具。劒佩ノ飾。皆分ヲ減スル。府庫ノ設ケ。宮室ノ營。皆古ニ順スル。論語ニ。昔魯人カ長府ヲ作ントス。閔子騫カ見テ仍舊貫如之何。何必改作ト云タ。沙門法ノ中ハ。樹下石上。一鉢自カラ足ル。受人供養趣ニ自カラ除惱トアル。古人カ損米自知有待爲累ト云タ。此儀シヤ。
新字:此耳有テ聴ク。五音ノ聰ヲ傷フコトヲ知ル。十分ノ好ヲ求メヌ。若其音声甚タ耳ニ適フトキハ其守ヲ知ル。俗典ノ中ニ。鄭声淫声ヲ遠サクル。此義シヤ。沙門法ノ中ハ。歌舞作楽ヲ故ニ往テ観聴セヌ是シヤ。此鼻有テ香ヲ取ル。是モ十分ノ好ヲ求メヌ。鼻根ハ眼耳ニ比スレハ鈍根ナルモノデ。害少ナキコトナレトモ。此中ニモ其守ヲ失ヌシヤ。沙門法ノ中ハ。香油塗身セヌ。此儀シヤ。唐玄宗ノトキ。五家出行ニ香数十里ニ聞ユトアルハ。甚シキコトシヤ。平生ノ安ンスル処。受用ノ資具。劒佩ノ飾。皆分ヲ減スル。府庫ノ設ケ。宮室ノ営。皆古ニ順スル。論語ニ。昔魯人カ長府ヲ作ントス。閔子騫カ見テ仍旧貫如之何。何必改作ト云タ。沙門法ノ中ハ。樹下石上。一鉢自カラ足ル。受人供養趣ニ自カラ除悩トアル。古人カ損米自知有待為累ト云タ。此儀シヤ。
書き下し
此耳有テ聴ク。五音ノ聰ヲ傷フコトヲ知ル。十分ノ好ヲ求メヌ。若其音声甚タ耳ニ適フトキハ其守ヲ知ル。俗典ノ中ニ。鄭声淫声ヲ遠サクル。此義シヤ。沙門法ノ中ハ。歌舞作楽ヲ故ニ往テ観聴セヌ是シヤ。此鼻有テ香ヲ取ル。是モ十分ノ好ヲ求メヌ。鼻根ハ眼耳ニ比スレハ鈍根ナルモノデ。害少ナキコトナレトモ。此中ニモ其守ヲ失ヌシヤ。沙門法ノ中ハ。香油塗身セヌ。此儀シヤ。唐玄宗ノトキ。五家出行ニ香数十里ニ聞ユトアルハ。甚シキコトシヤ。平生ノ安ンスル処。受用ノ資具。劒佩ノ飾。皆分ヲ減スル。府庫ノ設ケ。宮室ノ営。皆古ニ順スル。論語ニ。昔魯人カ長府ヲ作ントス。閔子騫カ見テ仍旧貫如之何。何必改作ト云タ。沙門法ノ中ハ。樹下石上。一鉢自カラ足ル。受人供養趣ニ自カラ除悩トアル。古人カ損米自知有待為累ト云タ。此儀シヤ。
現代語訳
この耳があって聴く。五音が耳の聡さを傷つけることを知る。十分の好みを求めない。もしその音声が甚だ耳に合うときは、その守りを知る。俗典の中に、鄭の声や淫らな音楽を遠ざけるとあるのは、この意味である。沙門の法の中では、歌舞音楽を、わざわざ出かけて見聞きしない、これである。この鼻があって香をかぐ。これも十分の好みを求めない。鼻の感覚は眼や耳に比べれば鈍いもので、害の少ないことであるけれども、この中にもその守りを失わないのである。沙門の法の中では、香油を身に塗らない、この規則である。唐の玄宗のとき、五家が外出すると香りが数十里にわたって匂ったとあるのは、甚だしいことである。平生の安らぐ所、用いる道具、剣や佩び物の飾りは、みな分を減らす。倉庫の設け、宮殿の造営は、みな古に従う。論語に、昔、魯の人が長府(倉庫)を作ろうとした。閔子騫が見て、「旧来のままにしておいたらどうか。どうして必ずしも改めて作る必要があろうか」と言った。沙門の法の中では、樹下や石の上に住み、一つの鉢で自ずから足りる。人の供養を受けても、ただ自らの悩みを除くだけにとどめる、とある。古人が、米を減らして、頼るものを持つ身が累となることを自ら知る、と言った。この規則である。
解説

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