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十善法語 / 巻第八・不貪欲戒

其外臣庶ノ分外ナル念ヲ生ジタ者ノ。ソノ身ヲ亡シタコトハ數多シヤ。漢ノ吳王濞王莽。唐ノ安祿山。史思明。明ノ震濠カ類。歷代ノ叛臣賊子ノ類。ミナ人ノ知テ居ルコトシヤ。若其身ヲ全クセント思ハハ。身ヲ節ニシテ。此戒ニ隨順スルニシクハナイ。其壽命ヲ長ク保タント思ハハ。嗜欲ヲ薄クシテ。此戒ニ隨順スルニシクハナキシヤ。又前ニ云タ。徐ノ君カ吳ノ季札ノ劒ヲ見テ心ニ欲スル色アツタ類。此等カ死ノ近ツイタ先兆ト云ベキシヤ。他ノ腰間ノ劒ヲ。心ニ求ムマジキハ。小人庸流モ知トコロシヤ。小國テモ其主タル者ノ此心有ベキコトデハナキシヤ。總シテ常ニ異ナル念ノ生スルトキハ。自省テ邪正ヲ知カヨイ。若正念相應シテ大道ヲ求ルハ格別。爾餘ノ私ニワタル念ハ速ニ制伏スベキシヤ。此ヲ制伏スル道ハ。此不貪欲戒ニ在ベキシヤ。

新字:其外臣庶ノ分外ナル念ヲ生ジタ者ノ。ソノ身ヲ亡シタコトハ数多シヤ。漢ノ呉王濞王莽。唐ノ安禄山。史思明。明ノ震濠カ類。歴代ノ叛臣賊子ノ類。ミナ人ノ知テ居ルコトシヤ。若其身ヲ全クセント思ハハ。身ヲ節ニシテ。此戒ニ随順スルニシクハナイ。其寿命ヲ長ク保タント思ハハ。嗜欲ヲ薄クシテ。此戒ニ随順スルニシクハナキシヤ。又前ニ云タ。徐ノ君カ呉ノ季札ノ劒ヲ見テ心ニ欲スル色アツタ類。此等カ死ノ近ツイタ先兆ト云ベキシヤ。他ノ腰間ノ劒ヲ。心ニ求ムマジキハ。小人庸流モ知トコロシヤ。小国テモ其主タル者ノ此心有ベキコトデハナキシヤ。総シテ常ニ異ナル念ノ生スルトキハ。自省テ邪正ヲ知カヨイ。若正念相応シテ大道ヲ求ルハ格別。爾余ノ私ニワタル念ハ速ニ制伏スベキシヤ。此ヲ制伏スル道ハ。此不貪欲戒ニ在ベキシヤ。

書き下し

其外臣庶ノ分外ナル念ヲ生ジタ者ノ。ソノ身ヲ亡シタコトハ数多シヤ。漢ノ吳王濞王莽。唐ノ安禄山。史思明。明ノ震濠カ類。歴代ノ叛臣賊子ノ類。ミナ人ノ知テ居ルコトシヤ。若其身ヲ全クセント思ハハ。身ヲ節ニシテ。此戒ニ随順スルニシクハナイ。其寿命ヲ長ク保タント思ハハ。嗜欲ヲ薄クシテ。此戒ニ随順スルニシクハナキシヤ。又前ニ云タ。徐ノ君カ吳ノ季札ノ劒ヲ見テ心ニ欲スル色アツタ類。此等カ死ノ近ツイタ先兆ト云ベキシヤ。他ノ腰間ノ劒ヲ。心ニ求ムマジキハ。小人庸流モ知トコロシヤ。小国テモ其主タル者ノ此心有ベキコトデハナキシヤ。総シテ常ニ異ナル念ノ生スルトキハ。自省テ邪正ヲ知カヨイ。若正念相応シテ大道ヲ求ルハ格別。爾余ノ私ニワタル念ハ速ニ制伏スベキシヤ。此ヲ制伏スル道ハ。此不貪欲戒ニ在ベキシヤ。

現代語訳

そのほか、臣下や庶民で分外な念を生じた者が、その身を滅ぼしたことは数多い。漢の呉王濞や王莽、唐の安禄山・史思明、明の震濠(寧王宸濠)の類、歴代の叛臣賊子の類は、みな人の知っていることである。もしその身を全うしようと思うならば、身を節して、この戒に従うに及ぶものはない。その寿命を長く保とうと思うならば、嗜欲を薄くして、この戒に従うに及ぶものはないのである。また前に言った、徐の君が呉の季札の剣を見て、心に欲しがる色があった類、これらが死の近づいた先触れと言うべきである。他人の腰の剣を心に求めてはならないことは、小人や凡庸な者も知る所である。小国であっても、その主たる者がこの心を持つべきことではないのである。総じて、常と異なる念が生じるときは、自ら省みて邪正を知るのがよい。もし正念と相応して大道を求めるのは格別である。それ以外の、私にわたる念は、速やかに制し伏すべきである。これを制し伏する道は、この不貪欲戒にあるべきである。

解説

分を超えた野心で身を滅ぼした者として、漢の呉王劉濞、王莽、唐の安禄山と史思明、明の寧王宸濠を挙げる。そして身を全うし命を長く保つには、欲を薄くしてこの戒に従うに及ぶものはないと言う。徐の君が呉の季札の剣を欲しがった話は史記に見え、季札が帰途に立ち寄ったとき、徐の君はすでに亡くなっていた。尊者は、ふだんと違う念が湧いたら、まず自ら省みて邪正を見分け、私的な欲なら速やかに制せよと説く。心の変化を点検する習慣として今に生かせる。

この章句が説くこと

分外叛臣季札正念不貪欲

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