十善法語 / 巻第八・不貪欲戒
王者ハ王者ノ心アルヘク。臣佐ハ臣佐ノ心アルベク。士庶人ハ士庶人ノ心ノアルベキシヤ。王者タル者ノ臣佐民庶ノ念ヲ生スル。上位ノ者ノ下位ノ念ヲ生スル。下位ノ者ノ高貴ノ念ヲ生スル。富者ノ慳吝ナル。貧人ノ奢ヲ好ム。當路權勢ノ士ノ高逸ヲ好ム。隱士ノ名利ニ志スル。ミナ不相應ト云ベキシヤ。例ヲ擧ハ。秦ノ始皇カ六國ヲ併セ呑ムハ英雄王者ノ心シヤ。不相應デハナイ。後仙術ヲ好テ不老不死ノ藥ヲ求ル。是ヲ不相應ト云。大抵ハ此等ノ常途ナラヌ念ハ。命ノ終ル先兆ト知ベキト云コトシヤ。若世ノ一類ノ者ノ家族ヲ棄。草衣木食ヲ以テ仙道ヲ求ルハ。變デハナイ。一途高尙ノ志トモ云ベキシヤ。若宮殿華麗ヲ極メ。釆女圍繞シテ長年ヲ求ルハ。愚ノ至ト云ヘキシヤ。漢ノ武帝唐ノ玄宗ミナ同一條シヤ。甚シキハ唐ノ武宗宋ノ道君等。世人ノ笑フ所シヤ。
新字:王者ハ王者ノ心アルヘク。臣佐ハ臣佐ノ心アルベク。士庶人ハ士庶人ノ心ノアルベキシヤ。王者タル者ノ臣佐民庶ノ念ヲ生スル。上位ノ者ノ下位ノ念ヲ生スル。下位ノ者ノ高貴ノ念ヲ生スル。富者ノ慳吝ナル。貧人ノ奢ヲ好ム。当路権勢ノ士ノ高逸ヲ好ム。隠士ノ名利ニ志スル。ミナ不相応ト云ベキシヤ。例ヲ挙ハ。秦ノ始皇カ六国ヲ併セ呑ムハ英雄王者ノ心シヤ。不相応デハナイ。後仙術ヲ好テ不老不死ノ薬ヲ求ル。是ヲ不相応ト云。大抵ハ此等ノ常途ナラヌ念ハ。命ノ終ル先兆ト知ベキト云コトシヤ。若世ノ一類ノ者ノ家族ヲ棄。草衣木食ヲ以テ仙道ヲ求ルハ。変デハナイ。一途高尚ノ志トモ云ベキシヤ。若宮殿華麗ヲ極メ。釆女囲繞シテ長年ヲ求ルハ。愚ノ至ト云ヘキシヤ。漢ノ武帝唐ノ玄宗ミナ同一条シヤ。甚シキハ唐ノ武宗宋ノ道君等。世人ノ笑フ所シヤ。
書き下し
王者ハ王者ノ心アルヘク。臣佐ハ臣佐ノ心アルベク。士庶人ハ士庶人ノ心ノアルベキシヤ。王者タル者ノ臣佐民庶ノ念ヲ生スル。上位ノ者ノ下位ノ念ヲ生スル。下位ノ者ノ高貴ノ念ヲ生スル。富者ノ慳吝ナル。貧人ノ奢ヲ好ム。当路権勢ノ士ノ高逸ヲ好ム。隠士ノ名利ニ志スル。ミナ不相応ト云ベキシヤ。例ヲ挙ハ。秦ノ始皇カ六国ヲ併セ呑ムハ英雄王者ノ心シヤ。不相応デハナイ。後仙術ヲ好テ不老不死ノ薬ヲ求ル。是ヲ不相応ト云。大抵ハ此等ノ常途ナラヌ念ハ。命ノ終ル先兆ト知ベキト云コトシヤ。若世ノ一類ノ者ノ家族ヲ棄。草衣木食ヲ以テ仙道ヲ求ルハ。変デハナイ。一途高尚ノ志トモ云ベキシヤ。若宮殿華麗ヲ極メ。釆女囲繞シテ長年ヲ求ルハ。愚ノ至ト云ヘキシヤ。漢ノ武帝唐ノ玄宗ミナ同一条シヤ。甚シキハ唐ノ武宗宋ノ道君等。世人ノ笑フ所シヤ。
現代語訳
王者は王者の心があるべく、臣佐は臣佐の心があるべく、士庶人は士庶人の心があるべきである。王者たる者が臣佐や民庶の念を生じる。上位の者が下位の念を生じる。下位の者が高貴の念を生じる。富者がけちである。貧しい人が奢りを好む。要職にあって権勢のある士が、高尚な隠逸を好む。隠士が名利に志す。みな不相応と言うべきである。例を挙げれば、秦の始皇帝が六国を併呑したのは、英雄王者の心である。不相応ではない。後に仙術を好んで不老不死の薬を求めた。これを不相応と言う。おおよそ、こうした常の道ではない念は、命の終わる先触れと知るべきということである。もし世の一部の者が家族を捨て、草衣木食で仙道を求めるのは、異変ではない。ひたすら高尚な志とも言うべきである。もし宮殿の華麗を極め、宮女に囲まれて長寿を求めるのは、愚の至りと言うべきである。漢の武帝、唐の玄宗もみな同じ筋である。甚だしいのは唐の武宗、宋の道君(徽宗)などで、世人の笑う所である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『正法眼蔵随聞記』巻一外典に云く西施毛端にあらざれども色を好む者は色を好む、飛兎綠耳に非ざれども馬を好む者は馬を好む、竜肝鳳髄にあらざれども味を好む者は味を好む、只随分の賢を用るのみなり、俗なほ此の儀あり、仏家亦かくの如くなるべし、況や亦仏二十年の福分を以て末法の我らに施す、是に依て天下の叢林人天の供養絶ねず、如来神通の福徳自在なるも、馬麦を食して夏を過しましましき、末法の弟子豈に是を慕はざらんや、
-
『正法眼蔵随聞記』巻二亦大宋宏智禅師の会下、天童は常住物千人の用途なり、然あれば堂中七百人堂外三百人にて、千人につもる、常住物なるに、好き長老の住したる故へに、諸方の僧雲集して、堂中千人なり、其外に五六百人あるなり、知事の人、宏智に訴へて云く、常住物は千人の分なり、衆僧多く集まりて用途不足なり、枉げてはなたれんと申しゝかば、宏智云く、人々みな口あり、汝ぢか事にあづからず、嘆くこと莫れと云々、
-
荀子・富国篇萬物は宇を同じくして體を異にし、宜無くして用有るは人の為なるは、數なり。人倫並び處り、求めを同じくして道を異にし、欲を同じくして知を異にするは、生なり。皆可とする有るは、知愚同じ。可とする所の異なるは、知愚分かるるなり。埶同じくして知異なり、私を行いて禍無く、欲を縱にして窮せざれば、則ち民心奮いて説ばしむべからざるなり。是の如くんば、則ち知者未だ治を得ざるなり。知者未だ治を得ざれば、則ち功名未だ成らざるなり。功名未だ成らざれば、則ち群衆未だ縣らざるなり。群衆未だ縣らざれば、則ち君臣未だ立たざるなり。君の以て臣を制する無く、上の以て下を制する無ければ、天下の害は欲を縱にするより生ず。欲惡は物を同じくし、欲は多くして物は寡し、寡なければ則ち必ず爭わん。故に百技の成す所は、一人を養う所以なり。而して能あるも技を兼ぬること能わず、人は官を兼ぬること能わず。離居して相待たざれば則ち窮し、群居して分無ければ則ち爭う。窮は患なり、爭は禍なり。患を救い禍を除くには、則ち分を明らかにして群せしむるに若くは莫し。彊は弱を脅かし、知は愚を懼れしめ、民下は上に違い、少は長を陵ぎ、徳を以て政を為さざれば、是の如くんば則ち老弱は養いを失うの憂い有り、而して壮者は分爭の禍有らん。事業は惡む所なり、功利は好む所なり、職業に分無くんば、是の如くんば則ち人は事を樹つるの患有り、而して功を爭うの禍有らん。男女の合、夫婦の分、婚姻娉内、送逆に禮無くんば、是の如くんば則ち人は合を失うの憂い有り、而して色を爭うの禍有らん。故に知者は之が分を為すなり。
-
『正法眼蔵随聞記』巻一一日示して云く、人其家に生れ、其道に入らば、先づ其家業を修すべしと知るべきなり、我道にあらず己が分にあらざらんことを知り修すれば即ち非なり、今も出家人として、便ち仏家に入り僧侶とならば、須く其業を習ふべし、其業を習ひ其儀を守ると云は、我執をすてゝ知識の教に随ふなり、其大意は食欲無きなり、貪欲なからんと思はヾ、先づ須く吾我を離るべきなり、吾我を離るゝには、無常を観ずる、是れ第一の用心なり、
-
『正法眼蔵随聞記』巻一亦物語に云く、故の鎌倉の右大将、始め兵衛佐にて有し時、内裡の辺に、日はれの会に出仕の時、一人の不当人ありき、其時の大納言あふせて云く、是を制すべしと、大将の云く、六波羅に仰せらるべし、平家の将軍なりと、大納言の云く、近か近かなればなりと、大将の云く、其の人に非ずと、是れ美言なり、此の心にて後には世をも治められしなり、今の学人も其心あるべし、其人にあらずして人を呵すること莫れ、
-
『呻吟語』内篇・修身・分外に好き底は無し世上に個の分外に好き底無し。便ち天地位し萬物育するの功用に到るも、也た是れ性分の中に應に盡くすべき底の事業なり。今人才かに一善有れば、便ち人に向かひて矜色有り、便ち世上の人都て不是有るを見得たりと。余甚だ之を恥づ。若し分外に好しと說はば、這は又た是れ賢智の過なり、便ち是れ好からず。