十善法語 / 巻第八・不貪欲戒
老子ニ又知其雄守其雌爲天下谿。爲天下谿常德不離。復歸於嬰兒。知其白守其黑爲天下式。爲天下式常德不惑復歸於無極。知其榮守其辱爲天下谷。常德乃足トアル。此等モ面白キ教シヤ。佛在世ニ。波斯匿王ガ逝多林ニ往キ。下乘ノ處ニ至リ。象ヨリ下テ。世尊ノ所ニ拜詣ス。世尊ノ王ノ氣息喘クヲ見テ問タマフ。大王ハ何ユエ氣息喘急ナルソ。王云。我身體肥滿シテ行步艱ム故ニト。世尊因ニ多食ヲ戒テ。偈ヲ說タマフ。夫人常應自憶念。若得飯食應知量。身體輕便受苦少。正得消化護命長ト。時波斯匿王此偈ヲ聽受シ。顧テ婆羅門ニ命ス。食時每ニ汝我側ニ在テ。常ニ此妙偈ヲ誦セヨト。此等ノ事ハ小事ナレトモ大事ニ比スベキコトシヤ。
新字:老子ニ又知其雄守其雌為天下谿。為天下谿常徳不離。復帰於嬰児。知其白守其黒為天下式。為天下式常徳不惑復帰於無極。知其栄守其辱為天下谷。常徳乃足トアル。此等モ面白キ教シヤ。仏在世ニ。波斯匿王ガ逝多林ニ往キ。下乗ノ処ニ至リ。象ヨリ下テ。世尊ノ所ニ拝詣ス。世尊ノ王ノ気息喘クヲ見テ問タマフ。大王ハ何ユエ気息喘急ナルソ。王云。我身体肥満シテ行歩艱ム故ニト。世尊因ニ多食ヲ戒テ。偈ヲ説タマフ。夫人常応自憶念。若得飯食応知量。身体軽便受苦少。正得消化護命長ト。時波斯匿王此偈ヲ聴受シ。顧テ婆羅門ニ命ス。食時毎ニ汝我側ニ在テ。常ニ此妙偈ヲ誦セヨト。此等ノ事ハ小事ナレトモ大事ニ比スベキコトシヤ。
書き下し
老子ニ又知其雄守其雌為天下谿。為天下谿常徳不離。復帰於嬰児。知其白守其黒為天下式。為天下式常徳不惑復帰於無極。知其栄守其辱為天下谷。常徳乃足トアル。此等モ面白キ教シヤ。仏在世ニ。波斯匿王ガ逝多林ニ往キ。下乗ノ処ニ至リ。象ヨリ下テ。世尊ノ所ニ拝詣ス。世尊ノ王ノ気息喘クヲ見テ問タマフ。大王ハ何ユエ気息喘急ナルソ。王云。我身体肥満シテ行歩艱ム故ニト。世尊因ニ多食ヲ戒テ。偈ヲ説タマフ。夫人常応自憶念。若得飯食応知量。身体軽便受苦少。正得消化護命長ト。時波斯匿王此偈ヲ聴受シ。顧テ婆羅門ニ命ス。食時毎ニ汝我側ニ在テ。常ニ此妙偈ヲ誦セヨト。此等ノ事ハ小事ナレトモ大事ニ比スベキコトシヤ。
現代語訳
老子にまた、「その雄々しさを知りながら雌の柔らかさを守れば、天下の谷川となる。天下の谷川となれば、常の徳は離れず、嬰児に立ち返る。その白を知りながら黒を守れば、天下の手本となる。天下の手本となれば、常の徳は違わず、無極に立ち返る。その栄えを知りながら辱めを守れば、天下の谷となる。常の徳はそこで足りる」とある。これらも面白い教えである。仏の在世に、波斯匿王が逝多林に行き、乗り物を降りる所に至り、象から降りて、世尊の所に参詣した。世尊は王の息が喘いでいるのを見て問われた。「大王はなぜ息が喘いでいるのか」。王は言った。「私は身体が肥満して、歩くのに難儀するからです」と。世尊はそこで食べ過ぎを戒めて、偈を説かれた。「人は常に自ら心にとどめよ。飯食を得たならば量を知れ。そうすれば身体は軽やかで、苦しみを受けることは少なく、正しく消化して命を護り長らえる」と。そのとき波斯匿王はこの偈を聴いて受け、振り返って婆羅門に命じた。「食事の時ごとに、お前は私のそばにいて、常にこの妙なる偈を唱えよ」と。これらの事は小さな事であるけれども、大きな事に比べるべきことである。
解説

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関連する章句
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老子・第28章其の雄を知りて其の雌を守れば、天下の谿と為る。天下の谿と為れば、常徳は離れず、嬰児に復帰す。其の白を知りて其の黒を守れば、天下の式と為る。天下の式と為れば、常徳は忒わず、無極に復帰す。其の栄を知りて其の辱を守れば、天下の谷と為る。天下の谷と為れば、常徳は乃ち足り、樸に復帰す。樸散ずれば則ち器と為る。聖人之を用うれば則ち官長と為る。故に大制は割かず。
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『十善法語』巻第八・不貪欲戒老子経ニ。大成若欠大盈若沖。大直如屈。大巧若拙。大弁若訥ト云ヒ。天下有道却走馬以糞。天下無道戎馬生於郊。罪莫大於可欲。禍莫大於不知足。咎莫大於欲得。故知足之足常足トアル。全ク此戒相シヤ。論語ニ。禹吾無間然。悪衣服而致美乎□冕。卑宮室而尽力乎溝洫ト云。此モ全ク此戒ノ趣シヤ。誠ニ老子モ外ナラヌ人シヤ。異端デハナイ。外道デハナイ。夏ノ禹王モ外ナラヌ人シヤ。異端テハナイ。外道テハナイ。若通シテ言ハ。古今命世ノ者多クハ此十善中ノ人ト云ヘシ。其中老子ノ教ハ。多分天道ヲ説キ。少分人道ヲ云。論語礼記等ハ。多分人道ヲ説キ。少分天道ヲ言フ。此中天道アル処ハ人道此ニ従フ。人道全キ処ハ天命此ニ応スル。点検シ将来レハ。悉ク此道ノ左右シヤ。
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『十善法語』巻第八・不貪欲戒此身有テ衣ル。其限ヲ知ル。身ニ適ヘハ止ム。此衣服十分ノ好ヲ求メヌ。華麗ハ一向所論デナイ。沙門法ノ中ハ。染壊割截等ノ儀アル是シヤ。殷ノ紂王カ衣珠玉トハ。愚ノ甚シキシヤ。此口有テ喫フ。其限ヲ知ル。十分ノ好味ヲ求メヌ。若其味甚口ニ適フトキハ。三分ニシテ一ヲ減スル。沙門法ノ中ハ。節量食ノ式。水浄ノ儀アル是シヤ。外国ニ六畜ヲ常食トスルハ。十善ノ儀テハナイ。斑足王ガ人肉ヲ食スル。易牙カ其子ヲ煮ハ。尤モ甚シキコトシヤ。此眼有テ見ル。五采ノ明ヲ害スルコトヲ知ル。十分ノ好色ヲ求メヌ。若其色甚タ眼ニ適フトキハ其守ヲ知ル。沙門法ノ中ハ。金銀荘飾具等ヲ好マヌ。是シヤ。東昏侯カ園中ノ石五色ノ彩ヲナス。蜀主王衍カ絵ヲ結テ山ヲ為リ。其上ニ酒宴スル類ハ。甚シキコトシヤ。
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文子・九守老子曰く、天道極まれば即ち反り、盈つれば即ち損す、日月是れなり。聖人は日に損して沖気敢えて自ら満たさず、日に進むに牝を以てし、功徳衰えず、天道然り。人の情性は皆高きを好みて下きを悪み、得るを好みて亡うを悪み、利を好みて病を悪み、尊きを好みて卑しきを悪み、貴きを好みて賤しきを悪む。衆人は之を為す、故に成す能わず、之を執る、故に得る能わず。是を以て聖人は天に法り、為さずして成り、執らずして得、人と情を同じくして道を異にす、故に能く長久なり。故に三皇五帝に戒めの器有り、命けて侑卮と曰う。其の沖なれば即ち正しく、其の盈つれば即ち覆る。夫れ物盛んなれば則ち衰え、日中すれば則ち移り、月満つれば則ち虧け、楽しみ終われば悲しむ。是の故に聡明広智は守るに愚を以てし、多聞博弁は守るに倹を以てし、武力勇毅は守るに畏を以てし、富貴広大は守るに狭を以てし、徳施天下は守るに譲を以てす。此の五者は先王の天下を守る所以なり。「此の道を服する者は盈つるを欲せず。夫れ唯だ盈たず、是を以て弊れて新たに成さず」と。
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荘子・天下老聃曰く、「其の雄を知りて、其の雌を守れば、天下の谿(たに)と為る。其の白を知りて、其の辱を守れば、天下の谷と為る」と。人皆な先を取り、己独り後を取る。曰く、「天下の垢を受く」と。人皆な実を取り、己独り虚を取る。蔵する無きが故に余り有り。巋然(きぜん)として余り有り。其の身を行うや、徐(おもむ)ろにして費(つい)えず、無為にして巧を笑う。人皆な福を求め、己独り曲全す。曰く、「苟(いやしく)も咎を免る」と。深きを以て根と為し、約を以て紀と為して曰く、「堅ければ則ち毀(やぶ)れ、鋭ければ則ち拙(つたな)し」と。常に物に寛容にして、人に削(けず)らず。至極と謂うべし。関尹・老聃かな。古の博大真人なるかな。
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文子・微明老子曰く、不義を以て之を得、又た布施せざれば、患い其の身に及ぶ。人の為す能わず、又た以て自ら為す無し。愚人と謂うべし。梟の其の子を愛するに異なる無し。故に「持して之を盈たすは、其の已むに如かず。揣えて之を鋭くすれば、長く保つべからず」。徳の中に道有り、道の中に徳有り。其の化は極むべからず。陽の中に陰有り、陰の中に陽有り。万事尽く然り、勝げて明らかにすべからず。福至れば祥存し、禍至れば祥先んず。祥を見て善を為さざれば、則ち福来たらず。不祥を見て善を行えば、則ち禍至らず。利と害は門を同じくし、禍と福は隣を同じくす。神聖の人に非ざれば之を能く分かつ莫し。故に曰く「禍は福の倚る所、福は禍の伏す所、孰か其の極を知らん」。人の将に疾まんとするや、必ず先ず魚肉の味を甘しとし、国の将に亡びんとするや、必ず先ず忠臣の語を悪む。故に疾の将に死せんとする者は、良医と為すべからず。国の将に亡びんとする者は、忠謀を為すべからず。身に修めて、然る後に以て民を治むべし。家に居りて理治まれば、然る後に官長に移すべし。故に曰く「之を身に修むれば、其の徳乃ち真なり。之を家に修むれば、其の徳乃ち余り有り。之を国に修むれば、其の徳乃ち豊かなり」。民の生活する所以は、衣と食なり。事の衣食に周ければ則ち功有り、衣食に周からざれば則ち功無し。事に功無ければ徳長からず。