十善法語 / 巻第八・不貪欲戒
又孔子易ヲ讀テ。損益ノ卦ニ至テ。喟然トシテ嘆ス。子貢問。夫子何爲ゾ嘆ズト。孔子答フ。夫自カラ損スル者ハ益ス。自カラ益スル者ハ缺ク。吾是ヲ以テ嘆スト此損ノ卦ヲ見レバ。忿ヲ懲シテ止ネハナラヌ。自ラ貪欲ヲ愼ミ止ネバナラヌ。此ニ惰リアレバ身ニ灾カ出來ルシヤ。國ニ灾カ出來ルシヤ。此益ノ卦ヲ見レバ。善ヲ見テハ行ハネハナラヌ。過ヲ知テ改メネハナラヌ。此ニ惰リアレハ身ニ灾カ出來ルシヤ。國ニ灾カ出來シヤ。功ナクシテ祿アル。德ウスクシテ位貴キ。不意ニ財利ヲ得ル。分ニ過テ稱譽ヲ得ル。ミナ智者ノ愼ム處シヤ。此祿位ハ壽命ノ減スルカ。或ハ眷屬ヲ奪フシヤ。此財利ハ必ス禍ノ伏スル處。此稱譽コレ毀謗ノ兆シヤ。
新字:又孔子易ヲ読テ。損益ノ卦ニ至テ。喟然トシテ嘆ス。子貢問。夫子何為ゾ嘆ズト。孔子答フ。夫自カラ損スル者ハ益ス。自カラ益スル者ハ欠ク。吾是ヲ以テ嘆スト此損ノ卦ヲ見レバ。忿ヲ懲シテ止ネハナラヌ。自ラ貪欲ヲ慎ミ止ネバナラヌ。此ニ惰リアレバ身ニ災カ出来ルシヤ。国ニ災カ出来ルシヤ。此益ノ卦ヲ見レバ。善ヲ見テハ行ハネハナラヌ。過ヲ知テ改メネハナラヌ。此ニ惰リアレハ身ニ災カ出来ルシヤ。国ニ災カ出来シヤ。功ナクシテ禄アル。徳ウスクシテ位貴キ。不意ニ財利ヲ得ル。分ニ過テ称誉ヲ得ル。ミナ智者ノ慎ム処シヤ。此禄位ハ寿命ノ減スルカ。或ハ眷属ヲ奪フシヤ。此財利ハ必ス禍ノ伏スル処。此称誉コレ毀謗ノ兆シヤ。
書き下し
又孔子易ヲ読テ。損益ノ卦ニ至テ。喟然トシテ嘆ス。子貢問。夫子何為ゾ嘆ズト。孔子答フ。夫自カラ損スル者ハ益ス。自カラ益スル者ハ欠ク。吾是ヲ以テ嘆スト此損ノ卦ヲ見レバ。忿ヲ懲シテ止ネハナラヌ。自ラ貪欲ヲ慎ミ止ネバナラヌ。此ニ惰リアレバ身ニ灾カ出来ルシヤ。国ニ灾カ出来ルシヤ。此益ノ卦ヲ見レバ。善ヲ見テハ行ハネハナラヌ。過ヲ知テ改メネハナラヌ。此ニ惰リアレハ身ニ灾カ出来ルシヤ。国ニ灾カ出来シヤ。功ナクシテ禄アル。徳ウスクシテ位貴キ。不意ニ財利ヲ得ル。分ニ過テ称誉ヲ得ル。ミナ智者ノ慎ム処シヤ。此禄位ハ寿命ノ減スルカ。或ハ眷属ヲ奪フシヤ。此財利ハ必ス禍ノ伏スル処。此称誉コレ毀謗ノ兆シヤ。
現代語訳
また孔子が易を読んで、損・益の卦に至って、深くため息をついて嘆いた。子貢が問うた。「先生はなぜ嘆かれるのですか」と。孔子は答えた。「そもそも自ら損する者は益し、自ら益する者は欠ける。私はこのために嘆くのだ」と。この損の卦を見れば、怒りを懲らしめて止めなければならない。自ら貪欲を慎んで止めなければならない。これに怠りがあれば、身に災いが起こるのである。国に災いが起こるのである。この益の卦を見れば、善を見ては行わなければならない。過ちを知って改めなければならない。これに怠りがあれば、身に災いが起こるのである。国に災いが起こるのである。功がなくて禄がある。徳が薄くて位が貴い。思いがけず財利を得る。分を過ぎて称賛を得る。みな智者の慎む所である。この禄や位は、寿命が減るか、あるいは眷属を奪うのである。この財利は、必ず禍の潜む所である。この称賛は、これこそ毀りの兆しである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
孔子家語・六本孔子、易を読みて損益に至り、喟然として嘆ず。子夏、席を避けて問いて曰わく、「夫子何ぞ嘆ずるや。」孔子曰わく、「夫れ自ら損する者は、必ず之れを益さるる有り。自ら益す者は、必ず之れを決せらるる有り。吾是を以て嘆ずるなり。」子夏曰わく、「然らば則ち学ぶ者は以て益す可からざるか。」子曰わく、「道の益すの謂いに非ざるなり。道は彌々益して身は彌々損す。夫れ学ぶ者は其の自ら多しとするを損し、虚を以て人を受く、故に能く其の満博を成すなり。天道成りて必ず変ず。凡そ満を持して能く久しき者は、未だ嘗て有らざるなり。故に曰わく、『自ら賢とする者は、天下の善言耳に聞くを得ず』と。昔、堯の天下を治むるの位や、猶お允恭を以て之れを持し、克く譲りて以て下に接す。是を以て千歳にして益々盛んに、今に迄びて逾々彰らかなり。夏の桀・昆吾は、自ら満ちて極まり、意を亢くして節せず、黎民を斬刈すること草芥の如し。天下之れを討つこと、匹夫を誅するが如し。是を以て千載にして悪著われ、今に迄びて滅びず。此れを観るに、行くが如きは則ち長に譲りて、先を疾せず。輿に在りて三人に遇えば則ち之れに下り、二人に遇えば則ち之れに式す。其の盈虚を調え、自ら満たしめざる、久しきを能くする所以なり。」子夏曰わく、「商請う之れを誌し、終身之れを奉行せん。」
-
説苑・敬慎孔子易を読みて損益に至り、則ち喟然として歎ず。子夏席を避けて問いて曰わく、「夫子何為れぞ歎ずるや」と。孔子曰わく、「夫れ自ら損ずる者は益す。自ら益す者は欠く。吾是を以て歎ずるなり」と。子夏曰わく、「然らば則ち学ぶ者は以て益すべからざるか」と。孔子曰わく、「否、天の道は成る者、未だ嘗て久しきを得ざるなり。夫れ学ぶ者は虚を以て之を受く、故に得ると曰う。苟くも満を持するを知らざれば、則ち天下の善言其の耳に入るを得ず。昔堯は天子の位を履むも、猶お允恭以て之を持し、虚静以て下を待つ。故に百載以て逾々盛んにして、今に迄びて益々章らかなり。昆吾は自ら臧しとして意に満ち、高きを窮めて衰えず、故に当時にして虧敗し、今に迄びて逾々悪し。是れ損益の徴に非ずや。吾故に曰わく、謙なる者は、恭を致して以て其の位を存する者なりと。夫れ豊明にして動く故に能く大なり、苟くも大なれば則ち虧く。吾之を戒む、故に曰わく天下の善言其の耳に入るを得ずと。日中すれば則ち昃き、月盈つれば則ち食す。天地の盈虚も、時と与に消息す。是を以て聖人は敢えて盛んなるに当たらず。輿に升りて三人に遇えば則ち下り、二人ならば則ち軾す。其の盈虚を調う、故に能く長久なり」と。子夏曰わく、「善し、請う終身之を誦せん」と。
-
『十善法語』巻第八・不貪欲戒箕子カ紂王ノ象箸ヲ為テ嘆スル。孟子カ梁恵王ヲ見テ。王何必言利ト云フ。左伝荘公二十四年。魯大夫御孫カ言ニ。倹徳之共也。修悪之大也ト。論語ニ季康子盗ノ多ヲ憂テ。コレヲ孔子ニ問フ。孔子答フ苟子之不欲。雖賞之不窃トアル。老子ニ不貴難得之貨使民不為盗。不見可欲使心不乱トアル。周書ニ不貴異物賤用物民乃足。犬馬非其土性不畜。珍禽奇獣不育于圃。不実遠物則遠人格等トアル。此類ミナ千古ノ格言デ。此戒ノ戒相ナルシヤ。
-
『十善法語』巻第八・不貪欲戒若謹慎余リアツテ灾難ニ遇フ。此難ハ福ノ基シヤ。満分ニ他ヲ恵ンテ怨讎ヲ生スル。此怨讎ハ必ス人望ノ帰スル基シヤ。世ノ愚ナル者ハ灾難ニ遇テ憂悩スル。憂悩增長スレハ。鬼類便ヲ得テ灾害カ断絶セヌシヤ。アタラ福縁ヲ失フシヤ。怨讎ニ遇テ瞋怒ヲ生スル。瞋怒カ增長スレハ。此モ鬼類ソノ便ヲ得テ。生生怨敵トナル。アタラ人望ヲ失フシヤ。正眼ニ看レハ。易ノ書モ全ク十善ノヨソホヒシヤ。□ナハ又老子ニ知足者富トアル。遺教経ニ。知足ノ人ハ貧シトイヘトモ常ニ富リ。不知足ノ者ハ天堂ニ処ストイヘトモ猶意ニカナハヌトアル。此ニ至テ内道外典ヲ分別スルハ相違セルコトシヤ。
-
『十善法語』巻第八・不貪欲戒又言語ノ恒ヲ超エ分ニ過ルモ。此戒ノ違犯シヤ。若增上スレハ身ヲ亡シ家ヲ敗ル兆シヤ。左伝ニ孔子卒ス。魯ノ哀公誅ヲ作テ云。俾屏余一人以在位ト。此余一人ト云ハ支那国ノ礼ニ。天子ノ自称デ。諸侯ハ憚アル辞ト云コトシヤ。此ヲ子貢カ見テ君其不没於魯乎。生不能用。死而誅之。非礼也。称一人非名也。君両失之也。ト此哀公後果シテ越ニ出奔ストアル。身ノ行ノ恒ニ越エ分ヲ過ル。此戒ノ違犯シヤ。若增上スレハ身ヲ亡シ家ヲ敗ル兆シヤ。此モ左伝シヤ。鄭駟秦富而侈。嬖大夫也而常陳卿之車服於其庭。鄭人悪而殺之トアル。子産カ子ノ子思カ言ニ。不守其位而能久者鮮矣トアル。
-
説苑・敬慎孔子周廟を観て欹器有り。孔子守廟者に問いて曰わく、「此れ何の器と為すか」と。対えて曰わく、「蓋し右坐の器と為す」と。孔子曰わく、「吾聞く、右坐の器は、満つれば則ち覆り、虚しければ則ち欹き、中なれば則ち正しと。之有りや」と。対えて曰わく、「然り」と。孔子子路をして水を取りて之を試みしむるに、満つれば則ち覆り、中なれば則ち正しく、虚しければ則ち欹く。孔子喟然として嘆じて曰わく、「嗚呼、悪んぞ満ちて覆らざる者有らんや」と。子路曰わく、「敢えて問う、満を持するに道有りや」と。孔子曰わく、「満を持するの道は、挹して之を損ずるなり」と。子路曰わく、「之を損ずるに道有りや」と。孔子曰わく、「高くして能く下り、満ちて能く虚しく、富みて能く倹し、貴くして能く卑く、智にして能く愚、勇にして能く怯、弁じて能く訥、博くして能く浅く、明にして能く闇し。是を損じて極まらずと謂う。能く此の道を行うは、唯だ至徳の者のみ之に及ぶ。易に曰わく、『損ぜずして之に益す、故に損ず。自ら損じて終う、故に益す』と」と。