十善法語 / 巻第八・不貪欲戒
又言語ノ恒ヲ超エ分ニ過ルモ。此戒ノ違犯シヤ。若增上スレハ身ヲ亡シ家ヲ敗ル兆シヤ。左傳ニ孔子卒ス。魯ノ哀公誅ヲ作テ云。俾屏余一人以在位ト。此余一人ト云ハ支那國ノ禮ニ。天子ノ自稱デ。諸侯ハ憚アル辭ト云コトシヤ。此ヲ子貢カ見テ君其不沒於魯乎。生不能用。死而誅之。非禮也。稱一人非名也。君兩失之也。ト此哀公後果シテ越ニ出奔ストアル。身ノ行ノ恒ニ越エ分ヲ過ル。此戒ノ違犯シヤ。若增上スレハ身ヲ亡シ家ヲ敗ル兆シヤ。此モ左傳シヤ。鄭駟秦富而侈。嬖大夫也而常陳卿之車服於其庭。鄭人惡而殺之トアル。子產カ子ノ子思カ言ニ。不守其位而能久者鮮矣トアル。
新字:又言語ノ恒ヲ超エ分ニ過ルモ。此戒ノ違犯シヤ。若增上スレハ身ヲ亡シ家ヲ敗ル兆シヤ。左伝ニ孔子卒ス。魯ノ哀公誅ヲ作テ云。俾屏余一人以在位ト。此余一人ト云ハ支那国ノ礼ニ。天子ノ自称デ。諸侯ハ憚アル辞ト云コトシヤ。此ヲ子貢カ見テ君其不没於魯乎。生不能用。死而誅之。非礼也。称一人非名也。君両失之也。ト此哀公後果シテ越ニ出奔ストアル。身ノ行ノ恒ニ越エ分ヲ過ル。此戒ノ違犯シヤ。若增上スレハ身ヲ亡シ家ヲ敗ル兆シヤ。此モ左伝シヤ。鄭駟秦富而侈。嬖大夫也而常陳卿之車服於其庭。鄭人悪而殺之トアル。子産カ子ノ子思カ言ニ。不守其位而能久者鮮矣トアル。
書き下し
又言語ノ恒ヲ超エ分ニ過ルモ。此戒ノ違犯シヤ。若增上スレハ身ヲ亡シ家ヲ敗ル兆シヤ。左伝ニ孔子卒ス。魯ノ哀公誅ヲ作テ云。俾屏余一人以在位ト。此余一人ト云ハ支那国ノ礼ニ。天子ノ自称デ。諸侯ハ憚アル辞ト云コトシヤ。此ヲ子貢カ見テ君其不没於魯乎。生不能用。死而誅之。非礼也。称一人非名也。君両失之也。ト此哀公後果シテ越ニ出奔ストアル。身ノ行ノ恒ニ越エ分ヲ過ル。此戒ノ違犯シヤ。若增上スレハ身ヲ亡シ家ヲ敗ル兆シヤ。此モ左伝シヤ。鄭駟秦富而侈。嬖大夫也而常陳卿之車服於其庭。鄭人悪而殺之トアル。子産カ子ノ子思カ言ニ。不守其位而能久者鮮矣トアル。
現代語訳
また言葉が常を超え分を過ぎるのも、この戒の違犯である。もし増長すれば、身を滅ぼし家を破る兆しである。左伝に、孔子が亡くなった。魯の哀公が弔辞を作って言った。「(天は)余一人を護って位に在らしめる(人を残さなかった)」と。この余一人と言うのは、中国の礼では天子の自称で、諸侯には憚りのある言葉ということである。これを子貢が見て言った。「君は魯で生を終えられないだろう。生きているうちは用いることができず、死んでから弔辞を作る、これは礼にかなわない。一人と称するのは名にかなわない。君は二つながら失った」と。この哀公は後に果たして越に出奔した、とある。身の行いが常を超え分を過ぎるのも、この戒の違犯である。もし増長すれば、身を滅ぼし家を破る兆しである。これも左伝である。「鄭の駟秦は富んで奢っていた。下大夫でありながら、常に卿の車や服をその庭に並べていた。鄭の人は憎んでこれを殺した」とある。子産の子の子思の言葉に、「その位を守らないで、長く続く者は少ない」とある。
解説

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