孔子家語 / 六本
孔子讀《易》至於「損益」,喟然而嘆。子夏避席問曰:「夫子何嘆焉?」孔子曰:「夫自損者,必有益之;自益者,必有決之。吾是以嘆也。」子夏曰:「然則學者不可以益乎?」子曰:「非道益之謂也。道彌益而身彌損。夫學者損其自多,以虛受人,故能成其滿博哉。天道成而必變。凡持滿而能久者,未嘗有也。故曰:『自賢者,天下之善言不得聞於耳矣。』昔堯治天下之位,猶允恭以持之,克讓以接下。是以千歲而益盛,迄今而逾彰。夏桀昆吾,自滿而極,亢意而不節,斬刈黎民如草芥焉。天下討之,如誅匹夫。是以千載而惡著,迄今而不滅。觀此,如行則讓長,不疾先。如在輿遇三人則下之,遇二人則式之。調其盈虛,不令自滿,所以能久也。」子夏曰:「商請誌之,而終身奉行焉。」
新字:孔子読《易》至於「損益」,喟然而嘆。子夏避席問曰:「夫子何嘆焉?」孔子曰:「夫自損者,必有益之;自益者,必有決之。吾是以嘆也。」子夏曰:「然則学者不可以益乎?」子曰:「非道益之謂也。道弥益而身弥損。夫学者損其自多,以虚受人,故能成其満博哉。天道成而必変。凡持満而能久者,未嘗有也。故曰:『自賢者,天下之善言不得聞於耳矣。』昔堯治天下之位,猶允恭以持之,克譲以接下。是以千歳而益盛,迄今而逾彰。夏桀昆吾,自満而極,亢意而不節,斬刈黎民如草芥焉。天下討之,如誅匹夫。是以千載而悪著,迄今而不滅。観此,如行則譲長,不疾先。如在輿遇三人則下之,遇二人則式之。調其盈虚,不令自満,所以能久也。」子夏曰:「商請誌之,而終身奉行焉。」
書き下し
孔子、易を読みて損益に至り、喟然として嘆ず。子夏、席を避けて問いて曰わく、「夫子何ぞ嘆ずるや。」孔子曰わく、「夫れ自ら損する者は、必ず之れを益さるる有り。自ら益す者は、必ず之れを決せらるる有り。吾是を以て嘆ずるなり。」子夏曰わく、「然らば則ち学ぶ者は以て益す可からざるか。」子曰わく、「道の益すの謂いに非ざるなり。道は彌々益して身は彌々損す。夫れ学ぶ者は其の自ら多しとするを損し、虚を以て人を受く、故に能く其の満博を成すなり。天道成りて必ず変ず。凡そ満を持して能く久しき者は、未だ嘗て有らざるなり。故に曰わく、『自ら賢とする者は、天下の善言耳に聞くを得ず』と。昔、堯の天下を治むるの位や、猶お允恭を以て之れを持し、克く譲りて以て下に接す。是を以て千歳にして益々盛んに、今に迄びて逾々彰らかなり。夏の桀・昆吾は、自ら満ちて極まり、意を亢くして節せず、黎民を斬刈すること草芥の如し。天下之れを討つこと、匹夫を誅するが如し。是を以て千載にして悪著われ、今に迄びて滅びず。此れを観るに、行くが如きは則ち長に譲りて、先を疾せず。輿に在りて三人に遇えば則ち之れに下り、二人に遇えば則ち之れに式す。其の盈虚を調え、自ら満たしめざる、久しきを能くする所以なり。」子夏曰わく、「商請う之れを誌し、終身之れを奉行せん。」
現代語訳
孔子が易経を読んで「損」「益」の卦のところに至り、深いため息をついた。子夏が席を立って「先生はなぜため息をつかれるのですか」と尋ねた。孔子は言った。「自ら控えめにへりくだる者には、必ず利益がもたらされる。自ら得意になり満ち足りようとする者には、必ずそれを削がれることになる。私はそれでため息をついたのだ。」子夏が「それでは学ぶ者は成長してはいけないのですか」と尋ねると、孔子は言った。「道が増すのを否定しているのではない。道はますます深まっても、それに反比例して自分を誇る気持ちはますます減らすべきなのだ。学ぶ者は自分を多く見せようとする気持ちを減らし、謙虚な姿勢で人から学ぶからこそ、豊かで広い学識を成すことができる。天の道は物事が完成すると必ず変化に転じる。満ち足りた状態を保ったまま長く続いた例は、いまだかつてない。だから『自分を賢いと思う者には、天下の善い言葉が耳に入らなくなる』と言うのだ。昔、堯が天下を治めていた地位にあってもなお、誠実さと恭しさでその地位を保ち、よく謙り譲って下の者に接した。だからこそ千年たってもますます盛んで、今に至るまでいよいよ輝きを増している。一方、夏の桀王や昆吾氏は、自ら満ち足りて驕り極まり、意のままに振る舞って節度を持たず、民を切り刻むことを草を刈るようにした。天下の者が彼らを討ったのは、まるでつまらぬ一匹夫を誅殺するかのようだった。だから千年たっても悪名が残り、今に至るまで消えることがない。これを見れば分かるように、道を歩くときは年長者に道を譲り先を争わず、車に乗っていて三人に出会えば下車して礼をし、二人に出会えば車上で会釈する。このように満ち足りた状態と欠けた状態を調整し、自ら満ち足りきらないようにすることこそが、長く続けられる秘訣なのだ。」子夏は言った。「わたくし商は、どうかこれを心に留め、生涯をかけて実践いたします。」
解説

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