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十善法語 / 巻第八・不貪欲戒

ナゼニ不貪欲戒ヲ聖者ノ心ト名ツクルナレバ。天竺デ上人ヲ阿哩耶ト云。支那ニ譯シテ聖者ト云。敵對正翻セハ出苦者ト云。此貪欲ノ諸苦ヲ出過セル人ガ聖者シヤ。不貪欲戒ニ住シテ。色ニ對スレバ。一切ノ靑黃赤白ガ此眼ヲ養フニ足ルシヤ。一切松風水聲絲竹管絃カ此耳ヲ遊シムルニ足ルシヤ。一切ノ好香惡香ガ此鼻ヲ安ンスルニ足ルシヤ。一切ノ辛酸苦甘ガ此舌ヲ養フニ足ルシヤ。一切ノ寒暖溫冷ガ此身ヲ置ニ足ル。一切ノ善惡邪正是非得失ガ此心ヲ遊シムルニ足ルシヤ。一切時一切處ガ上人聖者ノ境界シヤ。一日此戒ヲ持テバ其日ガ聖賢ノ心行シヤ。三日此戒ヲ持テバ。三日聖賢ノ心行シヤ。一生此戒ヲ持テバ一生聖賢ノ心行シヤ。盡未來際此戒ヲ持テバ未來永却聖賢ノ心行シヤ。

新字:ナゼニ不貪欲戒ヲ聖者ノ心ト名ツクルナレバ。天竺デ上人ヲ阿哩耶ト云。支那ニ訳シテ聖者ト云。敵対正翻セハ出苦者ト云。此貪欲ノ諸苦ヲ出過セル人ガ聖者シヤ。不貪欲戒ニ住シテ。色ニ対スレバ。一切ノ青黄赤白ガ此眼ヲ養フニ足ルシヤ。一切松風水声糸竹管絃カ此耳ヲ遊シムルニ足ルシヤ。一切ノ好香悪香ガ此鼻ヲ安ンスルニ足ルシヤ。一切ノ辛酸苦甘ガ此舌ヲ養フニ足ルシヤ。一切ノ寒暖温冷ガ此身ヲ置ニ足ル。一切ノ善悪邪正是非得失ガ此心ヲ遊シムルニ足ルシヤ。一切時一切処ガ上人聖者ノ境界シヤ。一日此戒ヲ持テバ其日ガ聖賢ノ心行シヤ。三日此戒ヲ持テバ。三日聖賢ノ心行シヤ。一生此戒ヲ持テバ一生聖賢ノ心行シヤ。尽未来際此戒ヲ持テバ未来永却聖賢ノ心行シヤ。

書き下し

ナゼニ不貪欲戒ヲ聖者ノ心ト名ツクルナレバ。天竺デ上人ヲ阿哩耶ト云。支那ニ訳シテ聖者ト云。敵対正翻セハ出苦者ト云。此貪欲ノ諸苦ヲ出過セル人ガ聖者シヤ。不貪欲戒ニ住シテ。色ニ対スレバ。一切ノ青黄赤白ガ此眼ヲ養フニ足ルシヤ。一切松風水声糸竹管絃カ此耳ヲ遊シムルニ足ルシヤ。一切ノ好香悪香ガ此鼻ヲ安ンスルニ足ルシヤ。一切ノ辛酸苦甘ガ此舌ヲ養フニ足ルシヤ。一切ノ寒暖温冷ガ此身ヲ置ニ足ル。一切ノ善悪邪正是非得失ガ此心ヲ遊シムルニ足ルシヤ。一切時一切処ガ上人聖者ノ境界シヤ。一日此戒ヲ持テバ其日ガ聖賢ノ心行シヤ。三日此戒ヲ持テバ。三日聖賢ノ心行シヤ。一生此戒ヲ持テバ一生聖賢ノ心行シヤ。尽未来際此戒ヲ持テバ未来永却聖賢ノ心行シヤ。

現代語訳

なぜ不貪欲戒を聖者の心と名づけるのかといえば、天竺では上人を阿哩耶(アーリヤ)と言う。中国ではこれを訳して聖者と言う。語に正しく対応させて訳せば、出苦者(苦を出た者)と言う。この貪欲の諸々の苦を超え出た人が聖者である。不貪欲戒に住して色に向き合えば、あらゆる青・黄・赤・白が、この眼を養うに足りる。あらゆる松風や水の音、糸竹管絃の音が、この耳を楽しませるに足りる。あらゆる好い香りも悪い香りも、この鼻を安らかにするに足りる。あらゆる辛・酸・苦・甘が、この舌を養うに足りる。あらゆる寒暖温冷が、この身を置くに足りる。あらゆる善悪・邪正・是非・得失が、この心を遊ばせるに足りる。いつでもどこでもが、上人聖者の境界である。一日この戒を持てば、その日が聖賢の心の行いである。三日この戒を持てば、三日が聖賢の心の行いである。一生この戒を持てば、一生が聖賢の心の行いである。未来の果てまでこの戒を持てば、未来永劫が聖賢の心の行いである。

解説

聖者の原語アーリヤを、尊者は語に即して訳せば苦を出た者だと説明する。前の章句で、貪る心には五色も五声も財宝も苦になると言ったのと対になり、貪らない心には好い香りも悪い香りも、寒さも暑さも、是非得失さえも、すべて足りるものになる。何かを手に入れて満ちるのではなく、今あるものがそのまま足りる、というのが聖者の境界である。しかもそれは一日守れば一日分、一生守れば一生分と、誰にでも今日から始められるものとして示されている。

この章句が説くこと

聖者出苦者知足不貪欲阿哩耶境界

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