十善法語 / 巻第八・不貪欲戒
世間ニ凡夫ト云者ガアル。無ト云ハレヌシヤ。又聖者ト云モノガアル。無ト云ハレヌシヤ。凡夫トハ何ヲ名ツクルナレハ。貪欲アル者ノ名シヤ。貪欲ガ丸コカシ凡夫ノ心シヤ。聖者トハ何ヲ名ツクルナレハ。貪欲ナキ人ノ名シヤ。不貪欲戒ガ丸コカシ聖者ノ心シヤ。今日ノ人間。五尺ノ小身。別ニ金色光明ヲ放タズトモ。胸前ニ卍字吉祥ノ相現セストモ。此貪欲ダニナクハ。人人生レツイタ顏貌デ是ガ聖者シヤ。タトヒ身ニ解脫幢相ノ袈裟ヲ着ストモ。手ニ人天應供ノ鉢ヲ持ストモ。內ニ貪欲ガアルナラバ。是ヲ底下ノ凡夫ト名ツクルシヤ。佛說ニ結使ヲ懷抱セバ彼袈裟ニ應ゼズトアル。結使トハ此貪欲瞋恚等ノコトシヤ。此貪欲等ガ自心ヲ繋縛シ。自心ヲ役使スルニ由テ。結使ト名ヅクルシヤ。ナセニ此貪欲ヲ凡夫心ト名ツクルナレハ。貪欲ハ必ス苦ト相應スルモノシヤ。一切欲アル處トシテ苦ナラヌハナイ。此貪欲アリテ身モ心モ苦ミ。二六時中定カナラヌ者ガ。世ニ所謂淺マシキ凡夫シヤ。
新字:世間ニ凡夫ト云者ガアル。無ト云ハレヌシヤ。又聖者ト云モノガアル。無ト云ハレヌシヤ。凡夫トハ何ヲ名ツクルナレハ。貪欲アル者ノ名シヤ。貪欲ガ丸コカシ凡夫ノ心シヤ。聖者トハ何ヲ名ツクルナレハ。貪欲ナキ人ノ名シヤ。不貪欲戒ガ丸コカシ聖者ノ心シヤ。今日ノ人間。五尺ノ小身。別ニ金色光明ヲ放タズトモ。胸前ニ卍字吉祥ノ相現セストモ。此貪欲ダニナクハ。人人生レツイタ顔貌デ是ガ聖者シヤ。タトヒ身ニ解脱幢相ノ袈裟ヲ着ストモ。手ニ人天応供ノ鉢ヲ持ストモ。内ニ貪欲ガアルナラバ。是ヲ底下ノ凡夫ト名ツクルシヤ。仏説ニ結使ヲ懐抱セバ彼袈裟ニ応ゼズトアル。結使トハ此貪欲瞋恚等ノコトシヤ。此貪欲等ガ自心ヲ繋縛シ。自心ヲ役使スルニ由テ。結使ト名ヅクルシヤ。ナセニ此貪欲ヲ凡夫心ト名ツクルナレハ。貪欲ハ必ス苦ト相応スルモノシヤ。一切欲アル処トシテ苦ナラヌハナイ。此貪欲アリテ身モ心モ苦ミ。二六時中定カナラヌ者ガ。世ニ所謂浅マシキ凡夫シヤ。
書き下し
世間ニ凡夫ト云者ガアル。無ト云ハレヌシヤ。又聖者ト云モノガアル。無ト云ハレヌシヤ。凡夫トハ何ヲ名ツクルナレハ。貪欲アル者ノ名シヤ。貪欲ガ丸コカシ凡夫ノ心シヤ。聖者トハ何ヲ名ツクルナレハ。貪欲ナキ人ノ名シヤ。不貪欲戒ガ丸コカシ聖者ノ心シヤ。今日ノ人間。五尺ノ小身。別ニ金色光明ヲ放タズトモ。胸前ニ卍字吉祥ノ相現セストモ。此貪欲ダニナクハ。人人生レツイタ顔貌デ是ガ聖者シヤ。タトヒ身ニ解脱幢相ノ袈裟ヲ着ストモ。手ニ人天応供ノ鉢ヲ持ストモ。内ニ貪欲ガアルナラバ。是ヲ底下ノ凡夫ト名ツクルシヤ。仏説ニ結使ヲ懐抱セバ彼袈裟ニ応ゼズトアル。結使トハ此貪欲瞋恚等ノコトシヤ。此貪欲等ガ自心ヲ繋縛シ。自心ヲ役使スルニ由テ。結使ト名ヅクルシヤ。ナセニ此貪欲ヲ凡夫心ト名ツクルナレハ。貪欲ハ必ス苦ト相応スルモノシヤ。一切欲アル処トシテ苦ナラヌハナイ。此貪欲アリテ身モ心モ苦ミ。二六時中定カナラヌ者ガ。世ニ所謂浅マシキ凡夫シヤ。
現代語訳
世間に凡夫という者がいる。無いとは言えない。また聖者というものがいる。無いとは言えない。凡夫とは何を名づけるのかといえば、貪欲のある者の名である。貪欲がまるごと凡夫の心である。聖者とは何を名づけるのかといえば、貪欲のない人の名である。不貪欲戒がまるごと聖者の心である。今日の人間が、五尺の小さな身で、特に金色の光明を放たなくとも、胸に卍字の吉祥の相が現れなくとも、この貪欲さえなければ、人それぞれ生まれついた顔かたちのままで、これが聖者である。たとえ身に解脱幢相の袈裟を着ていても、手に人天の供養を受けるにふさわしい鉢を持っていても、内に貪欲があるならば、これを最も低い凡夫と名づけるのである。仏説に、結使を懐に抱いていれば、その袈裟にふさわしくない、とある。結使とはこの貪欲や瞋恚などのことである。この貪欲などが自分の心を縛り、自分の心をこき使うので、結使と名づけるのである。なぜこの貪欲を凡夫の心と名づけるのかといえば、貪欲は必ず苦と結びつくものだからである。欲のある所で苦でない所は一つもない。この貪欲があって身も心も苦しみ、一日中落ち着かない者が、世にいう浅ましい凡夫なのである。
解説
この章句が説くこと
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『十善法語』巻第八・不貪欲戒ナゼニ不貪欲戒ヲ聖者ノ心ト名ツクルナレバ。天竺デ上人ヲ阿哩耶ト云。支那ニ訳シテ聖者ト云。敵対正翻セハ出苦者ト云。此貪欲ノ諸苦ヲ出過セル人ガ聖者シヤ。不貪欲戒ニ住シテ。色ニ対スレバ。一切ノ青黄赤白ガ此眼ヲ養フニ足ルシヤ。一切松風水声糸竹管絃カ此耳ヲ遊シムルニ足ルシヤ。一切ノ好香悪香ガ此鼻ヲ安ンスルニ足ルシヤ。一切ノ辛酸苦甘ガ此舌ヲ養フニ足ルシヤ。一切ノ寒暖温冷ガ此身ヲ置ニ足ル。一切ノ善悪邪正是非得失ガ此心ヲ遊シムルニ足ルシヤ。一切時一切処ガ上人聖者ノ境界シヤ。一日此戒ヲ持テバ其日ガ聖賢ノ心行シヤ。三日此戒ヲ持テバ。三日聖賢ノ心行シヤ。一生此戒ヲ持テバ一生聖賢ノ心行シヤ。尽未来際此戒ヲ持テバ未来永却聖賢ノ心行シヤ。
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『十善法語』巻第八・不貪欲戒論語ニモ孔子ガ我未見剛者ト。或人カ門人ノ中申根ハ剛者ナルヘシト。孔子云。根ハ慾アリ。ナンゾ剛ヲ得ント。カウシヤ。若情欲アラハ勇者モ勇ヲ失フ。智者モ智ヲ失フ。世中ニ在テモ剛者ト云名ハ許サレヌ。仏法ノ中デハ凡夫ト云名ヲ与フベキシヤ。経中ニ諸苦所因貪欲為本トアル。貪欲心ヲ以テ色ヲ見レバ五色ミナ苦シヤ。貪欲心ヲ以テ声ヲ聞ケハ五声ミナ苦シヤ。貪欲相応スレハ鼻ノ香舌ノ味身ノ触ミナ苦シヤ。貪欲心ヲ以テ世間ニ住スレバ男女大小ミナ苦シヤ。金銀財宝禄位官爵ミナ苦シヤ。一切時一切処カミナ凡夫境界シヤ。
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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上此邪見ノ罪軽カラヌ理ハ。マツ是ヲ憶念セヨ。通途オシナベテノ者ヲ凡夫ト云。凡ハ凡庸ノ義テ。ヨノツネト云コトシヤ。夫ハ士夫デ。男子ノ通目。ナミナミノ者ト云コトシヤ。此凡夫カ此人間界ニ在ル。生レシ朝ヨリ死スル夕マデカウシヤ。此身有リ。此鼻孔耳門口門有ル。世界ニ色有リ。声有リ。香アリ。味アリ。男子女人アリ。貴賤尊卑アリ。苦楽憂喜有テ。皆心ニ適フト適ハヌト差別スル。心ニ適フ境界ニ貪愛ヲ生シ。心ニ適ハヌ境ニ瞋恚ヲ生スル。又カク形カ別別ニ見ヱ分レテ有レハ。此ト彼ト相対シテ。人ニ勝リタキト思フ。左伝ニモ有血気者必相争トアル。此等ヲ貪欲瞋恚。愚痴。僑慢等ト名クル。此カ誰教フルコトヲ待タスシテ。生レシヨリ。此身心ツキソフタル煩悩ナレハ。倶生ノ惑ト云。
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『十善法語』巻第八・不貪欲戒正眼ニ看来レハ。一切世界ニ一物ノ捨ベキハナイ。者婆童子カ艸木瓦石ヲ取用ヒテ皆薬トスル如クシヤ。一切世界ニ一法ノ取ベキハナイ。上聖果ヲ求ルモ好肉上ノ疵シヤ。下衆生ヲ度スルモ老婆ノ飴ヲ含ンテ孫ヲ弄スル如クシヤ。元来大地ニ衆生ナシシヤ。若度スヘキ衆生ヲ見ハ。此人ハ愛見ニ属スル。経中ニ凡夫一念心上ニ微塵等ノ菩薩アリテ。悉ク菩提心ヲ発シ。菩薩ノ行ヲ修シ。無上菩提ヲ得ルトアルシヤ。十方世界ニ一法モ不可得ナルシヤ。モシ求ムヘキ菩提ヲ見ハ。此人愛見ニ属スル。経中ニ遠離一切顛倒夢想究竟涅槃トアル。論ノ中ニ現前立少物謂是唯識性。彼有所得故非実住唯識トアル。法執戒禁取ヲ以テ强テ法ヲ求ムヘキテハナイ。若凡ヲ憎ミ聖ヲ愛セハ。此人憎愛取捨ニワタル。若一分無明ヲ断シ一分中道ヲ証セハ。此人階梯ニ滞ル。不貪欲戒ヲ満足ストハ名ツケラレヌシヤ。
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『十善法語』巻第八・不貪欲戒勇烈ノ士モ此生力ナク此死力ナイ。不貪欲戒ノ姿シヤ。智謀ノ士モ此生自ラ知ラズ。此死自ラ弁セヌ。不貪欲戒ノ姿シヤ。枯淡ヲ守ト云モ。慳吝ナルコトデハナイ。慳吝ハ貪欲ニ順スル。反テ自ノ果報ヲ減ズル。窮鬼ガ集テ事ノ成就ヲ妨クル。要ヲ取テ云ハハ。世ニ処シテ此戒ヲ護スル者ハ天地ヲ以テ我心トスルシヤ。天ノ与フル所ハ万乗モ辞セズ。天ノ惜ム所ハ一草一木モ取ラヌ。施ハ天ノ施ニ随フ。恵ミ万民ニ被フ。収ルハ天ノ収ルニ随フ。珠玉ヲ山海ニ置キ。器財ヲ国家ニ布ク。位ト名ト常ニ保着シテ猥ニ他ニアタヘス。金銀貨財上下通用シテ滞ラヌシヤ。
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『十善法語』巻第八・不貪欲戒安永三年甲午二月二十三日示衆。師云。第八ノ不貪欲戒モ護持セ子ハナラヌコトシヤ。此戒ニ随順スル者ハ。夜モ安穏シヤ。昼モ安穏シヤ。家居モ安穏シヤ。遊行モ安穏シヤ。無病長寿シヤ。独居シテ憂ナキシヤ。世ニ交テ災害無シヤ。無漏聖道ノ因縁トナルシヤ。経中ニ貪瞋痴ヲ三根ト名ツケ。又三毒ト名ツク。又貪瞋邪見ヲ三道ト名ツク。十善戒ノ中。後三戒此ニヨリテ制スルシヤ。古ヨリ釈シテ境ニ染スルヲ貪ト名ツケ。忿怒ヲ瞋ト名ツケ。闇惑ヲ痴ト名ツクト云。謬執シテ理ニ乖クヲ邪ト目ツケ。邪心ニ推求スルヲ見ト説クト云。今此ニ貪欲ト云ハ。境ニ染着シテ心ニ希求スル義シヤ。此境ノ虚仮ナルコトヲ知テ。希求ノ心ナキヲ不貪欲ト云。法アリテ此不貪欲ニ随順スルヲ不貪欲戒ト云。