師導古典を学びたいすべての人に

十善法語 / 巻第七・不兩舌戒

此業果面白キシヤ。天地此富アリテ人間ニ付與スル。偸盜ノ者バカリガ用ルコトナラヌシヤ。業障ノ者カ饑寒スルシヤ。人君此仁慈アリテ萬民ヲ撫育スルニ。偸盜ノ者ガ自ラ刑ニアタルシヤ。父母仁慈アリテ兒孫ニ付與スルニ。盜心ノ者ガ自ラ耗減スルシヤ。上下互ニ仁慈アリテ世人ヲ輔助スルニ。盜心ノ者カ自ラ隔ツルシヤ。眞正ノ道人此ヲ看テ實相ニ達スル。日夜常ニ足ル。身心常ニ富ム。財物法ノ如クニ用フル。此中是非得失テナイ。自他隔歷テナイ。一炷ノ香十方諸佛ニ供養スルト云モ。一莖草ヲ丈六ノ金身ト作シ用フルト云モ。ソノ理アルト云コトシヤ。

新字:此業果面白キシヤ。天地此富アリテ人間ニ付与スル。偸盗ノ者バカリガ用ルコトナラヌシヤ。業障ノ者カ饑寒スルシヤ。人君此仁慈アリテ万民ヲ撫育スルニ。偸盗ノ者ガ自ラ刑ニアタルシヤ。父母仁慈アリテ児孫ニ付与スルニ。盗心ノ者ガ自ラ耗減スルシヤ。上下互ニ仁慈アリテ世人ヲ輔助スルニ。盗心ノ者カ自ラ隔ツルシヤ。真正ノ道人此ヲ看テ実相ニ達スル。日夜常ニ足ル。身心常ニ富ム。財物法ノ如クニ用フル。此中是非得失テナイ。自他隔歴テナイ。一炷ノ香十方諸仏ニ供養スルト云モ。一茎草ヲ丈六ノ金身ト作シ用フルト云モ。ソノ理アルト云コトシヤ。

書き下し

此業果面白キシヤ。天地此富アリテ人間ニ付与スル。偸盗ノ者バカリガ用ルコトナラヌシヤ。業障ノ者カ饑寒スルシヤ。人君此仁慈アリテ万民ヲ撫育スルニ。偸盗ノ者ガ自ラ刑ニアタルシヤ。父母仁慈アリテ児孫ニ付与スルニ。盗心ノ者ガ自ラ耗減スルシヤ。上下互ニ仁慈アリテ世人ヲ輔助スルニ。盗心ノ者カ自ラ隔ツルシヤ。真正ノ道人此ヲ看テ実相ニ達スル。日夜常ニ足ル。身心常ニ富ム。財物法ノ如クニ用フル。此中是非得失テナイ。自他隔歴テナイ。一炷ノ香十方諸仏ニ供養スルト云モ。一茎草ヲ丈六ノ金身ト作シ用フルト云モ。ソノ理アルト云コトシヤ。

現代語訳

この業の果は面白いものである。天地はこの富があって人間に与える。盗む者だけが用いることができないのである。業の障りのある者が飢え凍えるのである。人君にはこの仁慈があって万民を撫で育てるのに、盗む者がみずから刑に当たるのである。父母には仁慈があって子孫に与えるのに、盗む心の者がみずから減らしていくのである。上下が互いに仁慈があって世の人を助けるのに、盗む心の者がみずから隔たるのである。まことの道人はこれを見て実相に達する。日夜常に足りる。身心は常に富む。財物を法のとおりに用いる。この中に是非得失はない。自他の隔てはない。一本の香を十方の諸仏に供養するというのも、一本の草を丈六の金色の仏身として用いるというのも、その理があるということだ。

解説

天地も君主も父母も、惜しみなく富を与えているのに、盗む心の者だけがそれを受け取れず、自分から刑に近づき、財を減らし、人から隔たっていく、と尊者は言う。盗みは得をするようで、実は与えられている恵みから自分を締め出す行いなのである。まことの道人は日夜足りて心が富み、一本の香で十方の仏を供養し、一本の草を丈六の仏身として用いる。足ることを知る者にとっては、小さな物にも無限の値打ちが宿る。何を持つかより、どう受け取るかが豊かさを決めるのである。

この章句が説くこと

知足不偸盗仁慈供養実相

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる