十善法語 / 巻第二・不偸盜戒
三界ノ大君父ト成テ常恒ニ此法性ニ安住スル。彼ヲ減シテ此ニ增サヌ。此ヲ奪テ彼ニ與ヘヌ。法カクノ如クナルニ由テ。一針一草ヲ竊ミ用ユルハ。一針一草ノ盜シヤ。金銀穀米ヲ竊ミ用フルハ。金銀穀米ノ盜シヤ。一郡一國ヲ侵シ奪ハ。一郡一國ノ盜シヤ。傭夫ノ一日ノヤトヒ直ヲ受テ。其事ニ怠ルハ。一日ノ盜シヤ。子タル者ハ。身體髮膚ヨリシテ。其家ノ祿位マテ。悉ク父母ノ賜ナルニ因テ。若孝ナラヌハ一身ノ盜シヤ。臣タル者ハ。大ニモアレ小ニモアレ。其威勢官爵。朋友ノ交リ。妻子眷屬ノハコクミマテ。悉ク君ノ賜ナルニ因テ。若忠ナラヌハ一家ノ盜シヤ。春秋ノ時。豫讓カ。范中行氏ハ庸人ヲ以テ待スレハ庸人ヲ以テ報ユ。智伯ハ國士ヲ以テ遇スレハ國士ヲ以テ報スト云シ類。五殺大夫カ虞公ノ諫マシキヲ知テ諫メス。其亡フルヲ知テ先去テ他國ニ事フル。五代ノ馮道カ一身數朝ニ歷事フル。昨日マテ敵タル所。今朝ハ君ト仰ク類。此等ミナ朋友ノ交ナラハ許サルルコトナレトモ。君ニ事フル道ニハ許サレヌシヤ。支那國ノ諸儒ハ。此豫讓ヲ多ク義士ト稱ス。五殺大夫ヲ通シテ賢者ト稱スレトモ。十善ノ中ニハ許レヌシヤ。
新字:三界ノ大君父ト成テ常恒ニ此法性ニ安住スル。彼ヲ減シテ此ニ增サヌ。此ヲ奪テ彼ニ与ヘヌ。法カクノ如クナルニ由テ。一針一草ヲ窃ミ用ユルハ。一針一草ノ盗シヤ。金銀穀米ヲ窃ミ用フルハ。金銀穀米ノ盗シヤ。一郡一国ヲ侵シ奪ハ。一郡一国ノ盗シヤ。傭夫ノ一日ノヤトヒ直ヲ受テ。其事ニ怠ルハ。一日ノ盗シヤ。子タル者ハ。身体髪膚ヨリシテ。其家ノ禄位マテ。悉ク父母ノ賜ナルニ因テ。若孝ナラヌハ一身ノ盗シヤ。臣タル者ハ。大ニモアレ小ニモアレ。其威勢官爵。朋友ノ交リ。妻子眷属ノハコクミマテ。悉ク君ノ賜ナルニ因テ。若忠ナラヌハ一家ノ盗シヤ。春秋ノ時。予譲カ。范中行氏ハ庸人ヲ以テ待スレハ庸人ヲ以テ報ユ。智伯ハ国士ヲ以テ遇スレハ国士ヲ以テ報スト云シ類。五殺大夫カ虞公ノ諫マシキヲ知テ諫メス。其亡フルヲ知テ先去テ他国ニ事フル。五代ノ馮道カ一身数朝ニ歴事フル。昨日マテ敵タル所。今朝ハ君ト仰ク類。此等ミナ朋友ノ交ナラハ許サルルコトナレトモ。君ニ事フル道ニハ許サレヌシヤ。支那国ノ諸儒ハ。此予譲ヲ多ク義士ト称ス。五殺大夫ヲ通シテ賢者ト称スレトモ。十善ノ中ニハ許レヌシヤ。
書き下し
三界ノ大君父ト成テ常恒ニ此法性ニ安住スル。彼ヲ減シテ此ニ增サヌ。此ヲ奪テ彼ニ与ヘヌ。法カクノ如クナルニ由テ。一針一草ヲ窃ミ用ユルハ。一針一草ノ盗シヤ。金銀穀米ヲ窃ミ用フルハ。金銀穀米ノ盗シヤ。一郡一国ヲ侵シ奪ハ。一郡一国ノ盗シヤ。傭夫ノ一日ノヤトヒ直ヲ受テ。其事ニ怠ルハ。一日ノ盗シヤ。子タル者ハ。身体髪膚ヨリシテ。其家ノ禄位マテ。悉ク父母ノ賜ナルニ因テ。若孝ナラヌハ一身ノ盗シヤ。臣タル者ハ。大ニモアレ小ニモアレ。其威勢官爵。朋友ノ交リ。妻子眷属ノハコクミマテ。悉ク君ノ賜ナルニ因テ。若忠ナラヌハ一家ノ盗シヤ。春秋ノ時。予譲カ。范中行氏ハ庸人ヲ以テ待スレハ庸人ヲ以テ報ユ。智伯ハ国士ヲ以テ遇スレハ国士ヲ以テ報スト云シ類。五殺大夫カ虞公ノ諫マシキヲ知テ諫メス。其亡フルヲ知テ先去テ他国ニ事フル。五代ノ馮道カ一身数朝ニ歴事フル。昨日マテ敵タル所。今朝ハ君ト仰ク類。此等ミナ朋友ノ交ナラハ許サルルコトナレトモ。君ニ事フル道ニハ許サレヌシヤ。支那国ノ諸儒ハ。此予譲ヲ多ク義士ト称ス。五殺大夫ヲ通シテ賢者ト称スレトモ。十善ノ中ニハ許レヌシヤ。
現代語訳
三界の大いなる君であり父となって、常にこの法性に安住する。あちらを減らしてこちらに増さない。こちらから奪ってあちらに与えない。法がこのようであるから、一本の針、一本の草を盗み用いるのは、一針一草の盗みである。金銀や穀物を盗み用いるのは、金銀穀米の盗みである。一郡一国を侵し奪うのは、一郡一国の盗みである。雇われ人が一日の雇い賃を受けて、その仕事を怠るのは、一日の盗みである。子である者は、身体髪膚から、その家の禄位まで、ことごとく父母から賜ったものであるから、もし孝でなければ一身の盗みである。臣である者は、大であれ小であれ、その威勢や官爵、友人との交わり、妻子眷属を養うことまで、ことごとく君から賜ったものであるから、もし忠でなければ一家の盗みである。春秋の時、豫譲が「范氏・中行氏は私を凡人として遇したので凡人として報いた。智伯は国士として遇したので国士として報いる」と言った類、五羖大夫(百里奚)が虞公の諫めても聞かないことを知って諫めず、その滅びることを知って先に去って他国に仕えた類、五代の馮道が一身で数朝に歴仕し、昨日まで敵であった所を今朝は君と仰いだ類、これらはみな友人の交わりならば許されることであるけれども、君に仕える道には許されないのである。中国の諸儒は、この豫譲を多く義士と称し、五羖大夫を総じて賢者と称するけれども、十善の中では許されないのである。
解説

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