師導古典を学びたいすべての人に

十善法語 / 巻第二・不偸盜戒

業ハ心相ヨリ起ル。事ニ大小アレトモ。理ニ巨細ナイ。此心有處此業アル。理ニソムキ法性ニ違フ。地獄モ有ヘキコトシヤ。餓鬼畜生モ有ヘキコトシヤ。此三途ニ墮スルヲ異熟果ト云。此不偸盜戒ヲ犯スル者ハ。タマタマ人間ニ生スルモ貧窮ナリ。資財ニ自在ヲ得ヌ。此ヲ等流果ト云。國ニ在テ植ル所ノ五穀モ霜雹ヲ被ムルヲ。增上果ト云。謬ル者ハ。本體カケメナキ佛性ニ背テ。生生ノ貧窮下賤ノ身トナル。唯謹愼奉持ノ士ノミ有テ。自家屋裏ノ寶藏永ク損減ナキシヤ。

新字:業ハ心相ヨリ起ル。事ニ大小アレトモ。理ニ巨細ナイ。此心有処此業アル。理ニソムキ法性ニ違フ。地獄モ有ヘキコトシヤ。餓鬼畜生モ有ヘキコトシヤ。此三途ニ堕スルヲ異熟果ト云。此不偸盗戒ヲ犯スル者ハ。タマタマ人間ニ生スルモ貧窮ナリ。資財ニ自在ヲ得ヌ。此ヲ等流果ト云。国ニ在テ植ル所ノ五穀モ霜雹ヲ被ムルヲ。增上果ト云。謬ル者ハ。本体カケメナキ仏性ニ背テ。生生ノ貧窮下賤ノ身トナル。唯謹慎奉持ノ士ノミ有テ。自家屋裏ノ宝蔵永ク損減ナキシヤ。

書き下し

業ハ心相ヨリ起ル。事ニ大小アレトモ。理ニ巨細ナイ。此心有処此業アル。理ニソムキ法性ニ違フ。地獄モ有ヘキコトシヤ。餓鬼畜生モ有ヘキコトシヤ。此三途ニ堕スルヲ異熟果ト云。此不偸盗戒ヲ犯スル者ハ。タマタマ人間ニ生スルモ貧窮ナリ。資財ニ自在ヲ得ヌ。此ヲ等流果ト云。国ニ在テ植ル所ノ五穀モ霜雹ヲ被ムルヲ。增上果ト云。謬ル者ハ。本体カケメナキ仏性ニ背テ。生生ノ貧窮下賤ノ身トナル。唯謹慎奉持ノ士ノミ有テ。自家屋裏ノ宝蔵永ク損減ナキシヤ。

現代語訳

業は心のすがたから起こる。事に大小はあるけれども、理に大小はない。この心のある所にこの業がある。理に背き法性に違う。地獄もあるはずのことである。餓鬼や畜生もあるはずのことである。この三途に落ちるのを異熟果と言う。この不偸盗戒を犯す者は、たまたま人間に生まれても貧窮である。資財に自在を得ない。これを等流果と言う。国にあって植える五穀も霜や雹を被るのを増上果と言う。誤る者は、本体に欠け目のない仏性に背いて、生まれ変わるたびに貧窮で下賤の身となる。ただ謹んで奉持する士だけがいて、自分の家の中の宝蔵が永く損減しないのである。

解説

巻二の結びである。業は心から起こるので、針一本を盗むことも国を盗むことも、事の大小は違っても理は同じだという。盗みの報いは、三悪道に落ちる異熟果、人に生まれても貧しく財を思うように使えない等流果、作物が霜や雹に遭う増上果の三つとして説かれる。これは尊者の説いた業報の教えとして受け取りたい。最後に、戒を謹んで守る者には自分の内なる宝蔵が永く減らないと結ぶ。外の財を奪わない者こそ、内の豊かさを失わないという対比が鮮やかである。

この章句が説くこと

果報不偸盗仏性宝蔵異熟果

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる