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十善法語 / 巻第七・不兩舌戒

看ヨ。斯ニ至テ目擊ニ道存スト云ヘシ。目擊ナラサルモ道相通シテ乖異ナキシヤ。千里萬里モ可ナリ。眼眼相對スルモ可ナリ。言詮喃喃丁寧ナルモ可ナリ。默シテ多却ヲ經ルモ可ナリ。唯知ル人ノミ有テ知ルシヤ。此意和敬。十方僧寶。仝一和合シヤ。印度ノ賢聖或ハ支那ニ跡ヲ顯ス。南山律師關中ニ戒壇ヲ開クトキ。長眉ノ僧來リ證スル類シヤ。支那ノ賢聖或ハ印度ノ請ニ赴ク。中天竺幼日王那爛陀寺東北伽藍ヲ造立シ已テ。齋會ヲ設ルトキ。一僧後レ至ル。人問フ。何故後レ至ルト。僧答フ。我至那國ナリ。和上疹ニ臥ス。食ヲ捧ケ已テ來ル。故ニ後レタリト。此類シヤ。

新字:看ヨ。斯ニ至テ目撃ニ道存スト云ヘシ。目撃ナラサルモ道相通シテ乖異ナキシヤ。千里万里モ可ナリ。眼眼相対スルモ可ナリ。言詮喃喃丁寧ナルモ可ナリ。黙シテ多却ヲ経ルモ可ナリ。唯知ル人ノミ有テ知ルシヤ。此意和敬。十方僧宝。仝一和合シヤ。印度ノ賢聖或ハ支那ニ跡ヲ顕ス。南山律師関中ニ戒壇ヲ開クトキ。長眉ノ僧来リ証スル類シヤ。支那ノ賢聖或ハ印度ノ請ニ赴ク。中天竺幼日王那爛陀寺東北伽藍ヲ造立シ已テ。斎会ヲ設ルトキ。一僧後レ至ル。人問フ。何故後レ至ルト。僧答フ。我至那国ナリ。和上疹ニ臥ス。食ヲ捧ケ已テ来ル。故ニ後レタリト。此類シヤ。

書き下し

看ヨ。斯ニ至テ目擊ニ道存スト云ヘシ。目擊ナラサルモ道相通シテ乖異ナキシヤ。千里万里モ可ナリ。眼眼相対スルモ可ナリ。言詮喃喃丁寧ナルモ可ナリ。黙シテ多却ヲ経ルモ可ナリ。唯知ル人ノミ有テ知ルシヤ。此意和敬。十方僧宝。仝一和合シヤ。印度ノ賢聖或ハ支那ニ跡ヲ顕ス。南山律師関中ニ戒壇ヲ開クトキ。長眉ノ僧来リ証スル類シヤ。支那ノ賢聖或ハ印度ノ請ニ赴ク。中天竺幼日王那爛陀寺東北伽藍ヲ造立シ已テ。斎会ヲ設ルトキ。一僧後レ至ル。人問フ。何故後レ至ルト。僧答フ。我至那国ナリ。和上疹ニ臥ス。食ヲ捧ケ已テ来ル。故ニ後レタリト。此類シヤ。

現代語訳

見よ。ここに至っては、目が合うところに道があると言うべきである。目が合わなくても、道は通じ合って食い違いがないのである。千里万里を隔てても構わない。目と目が向き合っても構わない。言葉がくどくどと丁寧でも構わない。黙って長い劫を経ても構わない。ただ知る人だけが知るのである。この意和敬は、十方の僧宝が同一に和合している。インドの賢聖が中国に跡を現すことがある。南山律師(道宣)が関中に戒壇を開いたとき、長い眉の僧が来て証明した類である。中国の賢聖がインドの招きに赴くことがある。中インドの幼日王が那爛陀寺の東北に伽藍を建立し終わって、斎会を設けたとき、一人の僧が遅れて来た。人が尋ねた。どうして遅れて来たのか、と。僧は答えた。私は至那国(中国)の者である。和尚が病に臥していて、食事を捧げ終わってから来た。だから遅れたのだ、と。この類である。

解説

荘子田子方篇の「目撃して道存す」、目と目が合った瞬間に道がそこにある、という言葉を引き、道は距離にも言葉の多少にもよらず通じると説く。唐の道宣(南山律師)が戒壇を開いたとき、長い眉の僧が現れて証明したという伝承、大唐西域記に見える、ナーランダーの斎会に遠く中国から駆けつけた僧の話が、国境を越えて通う意和敬の例として並ぶ。遠く離れた場所で働く仲間とも、志が同じなら通じ合える、という励ましとして読める。

この章句が説くこと

意和敬目撃道存和合道宣那爛陀寺

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