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十善法語 / 巻第七・不兩舌戒

第三利和敬トハ。上賢聖ヨリ下凡小ニ至ルマテ。同一戒ニ住スル者。同一見ニ安住スル者。皆ソノ利養ヲ同シテ隔歷ヲ存セヌシヤ。此中現今ニ來リ住スルヲ現前僧ト云。若ハ過去若ハ未來及ヒ餘住處ニ在ヲ不現前僧ト云。若施主アリテ一寺院ヲ造立スル。一房舍ヲ經營スル。此寺院此房舍コレ利和敬ノ處シヤ。若施主アリテ一資財ヲ寄スル。一資具ヲ寄スル。此資財器具ミナ利和敬ノ在處シヤ。現前僧其利ヲ受用スルノミナラス。不現前僧モ其利養ニ分アルシヤ。佛在世ノ諸賢聖ヨリ現今ノ衆僧ニ至マテ。其受用ノ德ムナシカラスシヤ。釋迦一家ニ通スルシヤ。

新字:第三利和敬トハ。上賢聖ヨリ下凡小ニ至ルマテ。同一戒ニ住スル者。同一見ニ安住スル者。皆ソノ利養ヲ同シテ隔歴ヲ存セヌシヤ。此中現今ニ来リ住スルヲ現前僧ト云。若ハ過去若ハ未来及ヒ余住処ニ在ヲ不現前僧ト云。若施主アリテ一寺院ヲ造立スル。一房舎ヲ経営スル。此寺院此房舎コレ利和敬ノ処シヤ。若施主アリテ一資財ヲ寄スル。一資具ヲ寄スル。此資財器具ミナ利和敬ノ在処シヤ。現前僧其利ヲ受用スルノミナラス。不現前僧モ其利養ニ分アルシヤ。仏在世ノ諸賢聖ヨリ現今ノ衆僧ニ至マテ。其受用ノ徳ムナシカラスシヤ。釈迦一家ニ通スルシヤ。

書き下し

第三利和敬トハ。上賢聖ヨリ下凡小ニ至ルマテ。同一戒ニ住スル者。同一見ニ安住スル者。皆ソノ利養ヲ同シテ隔歴ヲ存セヌシヤ。此中現今ニ来リ住スルヲ現前僧ト云。若ハ過去若ハ未来及ヒ余住処ニ在ヲ不現前僧ト云。若施主アリテ一寺院ヲ造立スル。一房舎ヲ経営スル。此寺院此房舎コレ利和敬ノ処シヤ。若施主アリテ一資財ヲ寄スル。一資具ヲ寄スル。此資財器具ミナ利和敬ノ在処シヤ。現前僧其利ヲ受用スルノミナラス。不現前僧モ其利養ニ分アルシヤ。仏在世ノ諸賢聖ヨリ現今ノ衆僧ニ至マテ。其受用ノ徳ムナシカラスシヤ。釈迦一家ニ通スルシヤ。

現代語訳

第三の利和敬とは、上は賢者聖者から下は凡夫や小乗の者に至るまで、同一の戒に住する者、同一の見に安住する者が、みなその利養を同じくして隔てを置かないのである。この中で、今ここに来て住しているのを現前僧という。あるいは過去、あるいは未来、および他の住処にいるのを不現前僧という。もし施主がいて一つの寺院を建立する、一つの房舎を営む。この寺院、この房舎こそが利和敬の場所である。もし施主がいて一つの資財を寄進する、一つの資具を寄進する。この資財や器具はみな利和敬のあるところである。現前僧がその利を受用するだけでなく、不現前僧もその利養に分け前がある。仏の在世の諸賢聖から今の衆僧に至るまで、その受用の徳はむなしくないのである。釈迦の一家に通じるのである。

解説

六和敬の第三、利和敬は、施された利益を皆で分かち合い、独り占めしないことである。いま寺にいる僧(現前僧)だけでなく、過去や未来の僧、他所にいる僧(不現前僧)にも分け前があるという考え方が興味深い。施主が寄進した寺や道具は、目の前の誰かの私物ではなく、時間と場所を越えた釈迦の一家全体の共有財産になる。組織の資産を、今いる自分たちだけのものと考えず、先人と後に来る人々から預かったものと見る感覚に通じる。

この章句が説くこと

利和敬利養現前僧共有施主

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