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十善法語 / 巻第七・不兩舌戒

ソノ相違ヲ會スルハ。會スル者ノ妄想シヤ。經中ニ經ノ相違ヲ會ス。是法滅ノ相トアル。印度ニ摩訶提婆ノ時ヨリ上座大衆ノ二部ヲ分出シタト云コトシヤ。乃至五部二十ノ部別。五百ノ異見ヲ出ストアル。其部執計ヨリ見ハ。有部ノ經部ヲ破スル。經部ノ有部ヲ破スル。アルベキ理シヤ。若正知見ヨリ看ハ。各各ノ法門。各各其趣アルシヤ。大集經ニ。五部雖各別。不妨諸佛法界涅槃トアル。大乘ノ中ニ。或ハ空。有。性相。或ハ眞如緣起ノ宗ヲ說ク。其中ヨリ見ハ。護法菩薩ノ清辨ヲ破スル。清辨菩薩ノ護法ヲ破スルアルベキ理シヤ。若正知見ノ中ニハ。コトコトク一智印ノ印出スル處。一圓音ノ開示スル處。ミナ聞者善根ノ感應ニ隨フ差排シヤ。譬ヘハ清涼ノ池ノ如ク。四面ミナ入ヘキコトシヤ。

新字:ソノ相違ヲ会スルハ。会スル者ノ妄想シヤ。経中ニ経ノ相違ヲ会ス。是法滅ノ相トアル。印度ニ摩訶提婆ノ時ヨリ上座大衆ノ二部ヲ分出シタト云コトシヤ。乃至五部二十ノ部別。五百ノ異見ヲ出ストアル。其部執計ヨリ見ハ。有部ノ経部ヲ破スル。経部ノ有部ヲ破スル。アルベキ理シヤ。若正知見ヨリ看ハ。各各ノ法門。各各其趣アルシヤ。大集経ニ。五部雖各別。不妨諸仏法界涅槃トアル。大乗ノ中ニ。或ハ空。有。性相。或ハ真如縁起ノ宗ヲ説ク。其中ヨリ見ハ。護法菩薩ノ清弁ヲ破スル。清弁菩薩ノ護法ヲ破スルアルベキ理シヤ。若正知見ノ中ニハ。コトコトク一智印ノ印出スル処。一円音ノ開示スル処。ミナ聞者善根ノ感応ニ随フ差排シヤ。譬ヘハ清涼ノ池ノ如ク。四面ミナ入ヘキコトシヤ。

書き下し

ソノ相違ヲ会スルハ。会スル者ノ妄想シヤ。経中ニ経ノ相違ヲ会ス。是法滅ノ相トアル。印度ニ摩訶提婆ノ時ヨリ上座大衆ノ二部ヲ分出シタト云コトシヤ。乃至五部二十ノ部別。五百ノ異見ヲ出ストアル。其部執計ヨリ見ハ。有部ノ経部ヲ破スル。経部ノ有部ヲ破スル。アルベキ理シヤ。若正知見ヨリ看ハ。各各ノ法門。各各其趣アルシヤ。大集経ニ。五部雖各別。不妨諸仏法界涅槃トアル。大乗ノ中ニ。或ハ空。有。性相。或ハ真如縁起ノ宗ヲ説ク。其中ヨリ見ハ。護法菩薩ノ清弁ヲ破スル。清弁菩薩ノ護法ヲ破スルアルベキ理シヤ。若正知見ノ中ニハ。コトコトク一智印ノ印出スル処。一円音ノ開示スル処。ミナ聞者善根ノ感応ニ随フ差排シヤ。譬ヘハ清涼ノ池ノ如ク。四面ミナ入ヘキコトシヤ。

現代語訳

その食い違いを会通しようとするのは、会通する者の妄想である。経の中に、経の食い違いを会通するのは、法が滅びる相である、とある。インドでは摩訶提婆のときから上座部と大衆部の二部が分かれ出たということだ。さらには五部、二十の部派に分かれ、五百の異なる見解を出した、とある。その部派の執着する説から見れば、説一切有部が経量部を破り、経量部が有部を破るのは、当然ありうる理である。もし正しい知見から見れば、それぞれの法門にそれぞれその趣があるのである。大集経に、五部はそれぞれ別であっても、諸仏の法界涅槃を妨げない、とある。大乗の中では、あるいは空、有、性相、あるいは真如縁起の宗を説く。その中から見れば、護法菩薩が清弁を破り、清弁菩薩が護法を破るのは、当然ありうる理である。もし正しい知見の中では、ことごとく一つの智の印が刻み出すところ、一つの円かな音声が開き示すところであり、みな聞く者の善根の感応に従った配置である。たとえば清涼な池のように、四方どこからでも入ることができるのである。

解説

仏滅後、教団は大天(摩訶提婆)の主張をめぐって上座部と大衆部に分かれ、やがて二十ほどの部派に分裂したと伝えられる。有部と経量部、護法と清弁のように、学派どうしは互いを論破し合った。尊者は、それぞれの立場から見れば論破は当然だが、正しい知見から見ればどの法門にも趣があり、一つの仏の声が聞き手に応じて響き分けたものだと言う。清らかな池には四方どこからでも入れる。自分の入口だけが正しいと思い込まない寛さは、流派や部署の対立をほどく鍵になる。

この章句が説くこと

部派正知見見和敬寛容大集経護法

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