師導古典を学びたいすべての人に

十善法語 / 巻第七・不兩舌戒

此戒和敬ノ儀ニ。受戒ト云コトカアルシヤ。此ハ初メテ法門ニ入トキ。トリ行フ法シヤ。凡ソ此佛性戒ハ。法體常爾古今ニ亘ルシヤ。一切世界有情非情ニ徧スルシヤ。處トシテ斯ナキコトアラス。時トシテ斯ナキコトアラスト云コトシヤ。ソレナラバ授受モイラヌカト云ニ。サウデナイ。此佛性戒ノ中ニ。妄想ニ掩ハルル者カ自ラ隔歷ヲ生シテ自心界ニ入ル。此色身ノ巢窟ニ入ル。此ヲ三界ノ生死ト名ツク。此生死界ノ中ニハ。惡作犯戒モアルシヤ。此罪惡アレハ長ニ三惡趣ノ罪累トナルシヤ。此人界ノ中。少分十善ノ力ト。佛菩薩ノ大慈等流ト相成シテ。法アリテ現スル授受ノ規則此ニ立スル。此正規則ハ上賢聖ヨリ承來リ。神祇擁護シテ瓶ノ水ヲ瓶ニ瀉ス如ク。師資相承シテ今日ニ至ル。

新字:此戒和敬ノ儀ニ。受戒ト云コトカアルシヤ。此ハ初メテ法門ニ入トキ。トリ行フ法シヤ。凡ソ此仏性戒ハ。法体常爾古今ニ亘ルシヤ。一切世界有情非情ニ遍スルシヤ。処トシテ斯ナキコトアラス。時トシテ斯ナキコトアラスト云コトシヤ。ソレナラバ授受モイラヌカト云ニ。サウデナイ。此仏性戒ノ中ニ。妄想ニ掩ハルル者カ自ラ隔歴ヲ生シテ自心界ニ入ル。此色身ノ巣窟ニ入ル。此ヲ三界ノ生死ト名ツク。此生死界ノ中ニハ。悪作犯戒モアルシヤ。此罪悪アレハ長ニ三悪趣ノ罪累トナルシヤ。此人界ノ中。少分十善ノ力ト。仏菩薩ノ大慈等流ト相成シテ。法アリテ現スル授受ノ規則此ニ立スル。此正規則ハ上賢聖ヨリ承来リ。神祇擁護シテ瓶ノ水ヲ瓶ニ瀉ス如ク。師資相承シテ今日ニ至ル。

書き下し

此戒和敬ノ儀ニ。受戒ト云コトカアルシヤ。此ハ初メテ法門ニ入トキ。トリ行フ法シヤ。凡ソ此仏性戒ハ。法体常爾古今ニ亘ルシヤ。一切世界有情非情ニ遍スルシヤ。処トシテ斯ナキコトアラス。時トシテ斯ナキコトアラスト云コトシヤ。ソレナラバ授受モイラヌカト云ニ。サウデナイ。此仏性戒ノ中ニ。妄想ニ掩ハルル者カ自ラ隔歴ヲ生シテ自心界ニ入ル。此色身ノ巣窟ニ入ル。此ヲ三界ノ生死ト名ツク。此生死界ノ中ニハ。悪作犯戒モアルシヤ。此罪悪アレハ長ニ三悪趣ノ罪累トナルシヤ。此人界ノ中。少分十善ノ力ト。仏菩薩ノ大慈等流ト相成シテ。法アリテ現スル授受ノ規則此ニ立スル。此正規則ハ上賢聖ヨリ承来リ。神祇擁護シテ瓶ノ水ヲ瓶ニ瀉ス如ク。師資相承シテ今日ニ至ル。

現代語訳

この戒和敬のありさまに、受戒ということがある。これは初めて法門に入るときに執り行う法である。およそこの仏性戒は、法の本体が常にそのままで古今にわたる。一切世界の心あるものにも心ないものにも行き渡っている。どこであってもこれのない所はなく、いつであってもこれのない時はない、ということだ。それならば授けたり受けたりすることもいらないのか、と言えば、そうではない。この仏性戒の中で、妄想に覆われた者がみずから隔てを生じて、自分の心の世界に入る。この肉体という巣穴に入る。これを三界の生死と名づける。この生死の世界の中には、悪い行いや戒を犯すこともある。この罪悪があれば、長く三悪趣の罪の重なりとなる。この人間界の中で、わずかな十善の力と、仏菩薩の大慈悲の流れ出るものとが相まって、法によって現れる授受の規則がここに成り立つ。この正しい規則は、上は賢者聖者から受け継いできて、神々が守護し、瓶の水を別の瓶に移すように、師から弟子へと相承して今日に至っている。

解説

仏性戒はいつでもどこにでも行き渡っているのに、なぜわざわざ戒を授け受ける必要があるのか。尊者の答えは、妄想に覆われた者が自分で隔てを作り、身体という巣に閉じこもるから、というものである。十善の力と仏菩薩の慈悲が出会うところに授戒の作法が成り立ち、それは瓶の水を一滴もこぼさず別の瓶に移すように、師から弟子へ伝えられてきた。本来備わっているものでも、形ある作法を通して受け取り直すことに意味がある、という考えは、技や理念の継承にも通じる。

この章句が説くこと

受戒仏性戒師資相承妄想十善

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる