十善法語 / 巻第一・不殺生戒
初心ナル者ハ。世間戒ト聞テハ少分ナルコトト思ヒ。聲聞戒ト聞テハ盡サヌコトト思ヒ。菩薩戒ト聞テハ高ク尊キト思フ。ソレハ名ニ着スル迷ト云モノシヤ。此十善戒ハ。甚深ナルコト。廣大ナルコトシヤ。此十善ニ反スルヲ十惡ト云。本業瓔珞經ノ中ニ。理ニ順シテ心ヲ起スヲ善ト云。乖背スルヲ惡ト名ツクトアル。此經文ニ依テ善惡ノ義ヲ知レ。諸戒ニ推通シテ親シキ文シヤ。憶念スルニ隨テ妙味アルヘキシヤ。
新字:初心ナル者ハ。世間戒ト聞テハ少分ナルコトト思ヒ。声聞戒ト聞テハ尽サヌコトト思ヒ。菩薩戒ト聞テハ高ク尊キト思フ。ソレハ名ニ着スル迷ト云モノシヤ。此十善戒ハ。甚深ナルコト。広大ナルコトシヤ。此十善ニ反スルヲ十悪ト云。本業瓔珞経ノ中ニ。理ニ順シテ心ヲ起スヲ善ト云。乖背スルヲ悪ト名ツクトアル。此経文ニ依テ善悪ノ義ヲ知レ。諸戒ニ推通シテ親シキ文シヤ。憶念スルニ随テ妙味アルヘキシヤ。
書き下し
初心ナル者ハ。世間戒ト聞テハ少分ナルコトト思ヒ。声聞戒ト聞テハ尽サヌコトト思ヒ。菩薩戒ト聞テハ高ク尊キト思フ。ソレハ名ニ着スル迷ト云モノシヤ。此十善戒ハ。甚深ナルコト。広大ナルコトシヤ。此十善ニ反スルヲ十悪ト云。本業瓔珞経ノ中ニ。理ニ順シテ心ヲ起スヲ善ト云。乖背スルヲ悪ト名ツクトアル。此経文ニ依テ善悪ノ義ヲ知レ。諸戒ニ推通シテ親シキ文シヤ。憶念スルニ随テ妙味アルヘキシヤ。
現代語訳
初心の者は、世間戒と聞けば小さなことだと思い、声聞戒と聞けば十分でないことだと思い、菩薩戒と聞けば高く尊いものだと思う。それは名前に執着する迷いというものである。この十善戒は、甚だ深く、広大なものなのである。この十善に反するものを十悪と言う。本業瓔珞経の中に、理に従って心を起こすことを善と言い、理に背くことを悪と名づける、とある。この経文によって善悪の意味を知りなさい。あらゆる戒に通じる、身近な文である。心にとどめて思い返すにつれて、味わいが深まるはずである。
解説
この章句が説くこと
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