十善法語 / 巻第七・不兩舌戒
此友愛ノ德尤廣大ナルニ由テ。此ニ反シテ兩舌離間ハ至テ狹劣ナルコトシヤ。此友愛ノ德尤尊尙ナルニ由テ。兩舌離間語ノ語業ノ中ニ尤卑陋ナルコトシヤ。匹夫匹婦ノ利祿ニ走ル心ヨリ起リ。奸臣佞人ノ賢ヲ嫉ミ能ヲ害スル心ヨリ起テ。終ニ人ヲ敗リ自ラ害シ。家ヲ亡シ國ヲ覆カヘスシヤ。尊貴ノ人富饒ノ家ニハ。此兩舌離間ノ語ハ相應セヌシヤ。威權當路ノ人清平ノ世ニハ。此兩舌語相應セヌ。法トシテ如是ナル故。若此戒ヲ破スル者ハ。貴人ハ其位ヲ失フ。德者ハ其德ヲ失フ。威權當路ノ人ハ其威權ヲ失フ。人倫ノ賤ムルトコロ。神祇ノ憎ムトコロ天命ノ許サヌトコロ。法性ニ違背スル處シヤ。
新字:此友愛ノ徳尤広大ナルニ由テ。此ニ反シテ両舌離間ハ至テ狭劣ナルコトシヤ。此友愛ノ徳尤尊尚ナルニ由テ。両舌離間語ノ語業ノ中ニ尤卑陋ナルコトシヤ。匹夫匹婦ノ利禄ニ走ル心ヨリ起リ。奸臣佞人ノ賢ヲ嫉ミ能ヲ害スル心ヨリ起テ。終ニ人ヲ敗リ自ラ害シ。家ヲ亡シ国ヲ覆カヘスシヤ。尊貴ノ人富饒ノ家ニハ。此両舌離間ノ語ハ相応セヌシヤ。威権当路ノ人清平ノ世ニハ。此両舌語相応セヌ。法トシテ如是ナル故。若此戒ヲ破スル者ハ。貴人ハ其位ヲ失フ。徳者ハ其徳ヲ失フ。威権当路ノ人ハ其威権ヲ失フ。人倫ノ賤ムルトコロ。神祇ノ憎ムトコロ天命ノ許サヌトコロ。法性ニ違背スル処シヤ。
書き下し
此友愛ノ徳尤広大ナルニ由テ。此ニ反シテ両舌離間ハ至テ狭劣ナルコトシヤ。此友愛ノ徳尤尊尚ナルニ由テ。両舌離間語ノ語業ノ中ニ尤卑陋ナルコトシヤ。匹夫匹婦ノ利禄ニ走ル心ヨリ起リ。奸臣佞人ノ賢ヲ嫉ミ能ヲ害スル心ヨリ起テ。終ニ人ヲ敗リ自ラ害シ。家ヲ亡シ国ヲ覆カヘスシヤ。尊貴ノ人富饒ノ家ニハ。此両舌離間ノ語ハ相応セヌシヤ。威権当路ノ人清平ノ世ニハ。此両舌語相応セヌ。法トシテ如是ナル故。若此戒ヲ破スル者ハ。貴人ハ其位ヲ失フ。徳者ハ其徳ヲ失フ。威権当路ノ人ハ其威権ヲ失フ。人倫ノ賤ムルトコロ。神祇ノ憎ムトコロ天命ノ許サヌトコロ。法性ニ違背スル処シヤ。
現代語訳
この友愛の徳が最も広大であるから、これに反して両舌離間はきわめて狭く劣ったことである。この友愛の徳が最も尊いものであるから、両舌離間語は言葉の業の中で最も卑しいことである。つまらない男女が利益や禄に走る心から起こり、奸臣や佞人が賢者を妬み有能な者を害する心から起こって、ついには人を破り、自分をも害し、家を滅ぼし国をひっくり返すのである。尊く貴い人、富み豊かな家には、この両舌離間の言葉は似つかわしくない。権威のある要職の人、清らかに治まった世には、この両舌の言葉は似つかわしくない。法としてそうなっているので、もしこの戒を破る者は、貴人はその位を失い、徳者はその徳を失い、権威ある要職の人はその権威を失う。人々が賤しむところ、神々が憎むところ、天命が許さないところ、法性に背くところなのである。
解説

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