十善法語 / 巻第六・不惡口戒
此等ノ文。教家ノ中ニハ。人人家家ノ解了淺深モアルヘキナレトモ。其釋義ハ且ク置テ。直ニ經意ヲ看ヨ。衆生ニ佛性有コトヲ知レハ。禮拜尊重スヘシ。佛性ヲ尊重スレハ。其人ノ目ニハ唯是佛性ノミシヤ。元來世間ニ一衆生トシテ凡夫ト云者ヲ見ス。此佛性威音王佛ハ此空中ニ顯レネハナラヌ。此威音王佛カ自性空ノ中ニ顯ルレハ。生ナク滅ナク。壽命延ルコトヲ得ヘシ。
新字:此等ノ文。教家ノ中ニハ。人人家家ノ解了浅深モアルヘキナレトモ。其釈義ハ且ク置テ。直ニ経意ヲ看ヨ。衆生ニ仏性有コトヲ知レハ。礼拝尊重スヘシ。仏性ヲ尊重スレハ。其人ノ目ニハ唯是仏性ノミシヤ。元来世間ニ一衆生トシテ凡夫ト云者ヲ見ス。此仏性威音王仏ハ此空中ニ顕レネハナラヌ。此威音王仏カ自性空ノ中ニ顕ルレハ。生ナク滅ナク。寿命延ルコトヲ得ヘシ。
書き下し
此等ノ文。教家ノ中ニハ。人人家家ノ解了浅深モアルヘキナレトモ。其釈義ハ且ク置テ。直ニ経意ヲ看ヨ。衆生ニ仏性有コトヲ知レハ。礼拝尊重スヘシ。仏性ヲ尊重スレハ。其人ノ目ニハ唯是仏性ノミシヤ。元来世間ニ一衆生トシテ凡夫ト云者ヲ見ス。此仏性威音王仏ハ此空中ニ顕レネハナラヌ。此威音王仏カ自性空ノ中ニ顕ルレハ。生ナク滅ナク。寿命延ルコトヲ得ヘシ。
現代語訳
これらの文は、教学の諸宗の中では、人ごと家ごとに理解の浅い深いもあるだろうが、その注釈はしばらく置いて、直に経の意を見なさい。衆生に仏性があることを知れば、礼拝し尊重すべきである。仏性を尊重すれば、その人の目にはただ仏性だけがあるのである。もともと世間に一人の衆生として凡夫という者を見ない。この仏性である威音王仏は、この空中に現れないわけにはいかない。この威音王仏が自性の空の中に現れれば、生もなく滅もなく、寿命が延びることを得るはずである。
解説
常不軽菩薩の話を、慈雲は宗派の注釈を離れて直に読めと言う。人に仏性があると知れば自然に敬うことになり、仏性を敬う人の目には、世間に凡夫と見下すべき者が一人もいなくなる。常不軽菩薩が臨終に虚空に威音王仏を見たというのは、自分の本性の空の中に仏性が現れたことであり、そこには生も滅もないので寿命が延びたと言うのだと読み解く。人を敬う目を持つことが、そのまま自分の心を広く明るくする、という見方が示されている。
この章句が説くこと
仏性尊重常不軽凡夫経意
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