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孟子 / 公孫丑章句下

孟子、齊を去り、晝に宿す。王の為に行を留めんと欲する者有り。坐して言う。應えず。几に隱りて臥す。客悅ばずして曰く、「弟子齊宿して後敢て言う。夫子臥して聽かず。請う復び敢て見ゆること勿らん。」曰く、「坐せよ。我明らかに子に語げん。昔者、魯の繆公は、子思の側に人無ければ、則ち子思を安んずる能わず。泄柳・申詳は、繆公の側に人無ければ、則ち其の身を安んずる能わず。子、長者の為に慮りて、子思に及ばず。子、長者を絶つか、長者、子を絶つか。」

新字:孟子、斉を去り、昼に宿す。王の為に行を留めんと欲する者有り。坐して言う。応えず。几に隠りて臥す。客悅ばずして曰く、「弟子斉宿して後敢て言う。夫子臥して聴かず。請う復び敢て見ゆること勿らん。」曰く、「坐せよ。我明らかに子に語げん。昔者、魯の繆公は、子思の側に人無ければ、則ち子思を安んずる能わず。泄柳・申詳は、繆公の側に人無ければ、則ち其の身を安んずる能わず。子、長者の為に慮りて、子思に及ばず。子、長者を絶つか、長者、子を絶つか。」

書き下し

この節もどうも釈然としない。孟子がへそを曲げて難癖をつけているような気がする。次節とも関係があるようなので、詳しくは次節の解説で述べたい。

現代語訳

孟子は齊の都を去り、それほど遠くない晝という町に泊まった。すると王の為に孟子を引き留めようとする者がやってきた。孟子の前に座り込んで説得した。ところが孟子は答えもせずに、脇息にもたれて居眠りの態であった。客は気分を悪くして立ち上がって言った、 「私は一晩齋して身を清めて、先生にお願いを申し上げました。ところが先生は居眠りをして聞こうともして下さいません。もう二度とお目にかかりますまい。」 孟子は言った、 「まあ座りなさい。はっきりとあなたに説明しましょう。昔、魯の繆公は常に自分の代わりに人を子思の下ににつかわせた。そうしないと子思を安心させることが出来なかったのであり、賢人で知られる泄柳・申詳も繆公の側に信用のできる取次ぎの人がいたからこそ、安心しておられたのである。あなたは、この年寄りの為に気を使って下さるが、子思の為に繆公に説いた時の賢人に及ばない。これはあなたがこの老人と縁を絶つのか、それともこの年寄りがあなたと縁を絶つのか、どちらでしょうか。」孟子去齊、宿於晝。有欲為王留行者。坐而言。不應。隱几而臥。客不悅曰、弟子齊宿而後敢言。夫子臥而不聽、請勿復敢見矣。曰、坐。我明語子。昔者魯繆公無人乎子思之側、則不能安子思。泄柳申詳無人乎繆公之側、則不能安其身。子為長者慮、而不及子思。子ࡼ長者乎、長者ࡼ子乎。

解説

人と人との関係において、表面的な言葉や態度だけでなく、相手の立場や本質を深く理解する姿勢が不可欠です。相手を心から尊重し、その人が能力を十分に発揮できる環境を整えることこそが、真の誠意と言えます。ビジネスや日常生活でも、ただ自分の要求を押し付けるのではなく、相手の真意をくみ取り、信頼関係の基盤を築くための配慮を忘れないようにすることが大切です。

この一句を、あなたの毎日に。

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