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十善法語 / 巻第六・不惡口戒

法性法トシテソムケハ。此罪業アルコト。譬ヘハ印章ヲ紙ニ印シ出ス如ク。鑄像ノ模ヲ脫スル如ク。毫釐モ差ヒナキトアルシヤ。唯心ノ麁ナル者。道理ニ暗キ者ハ自ラ解セス。名利五欲ニ隨順スルモノ。事ニ掩ハサルル者ハ自ラ迷フシヤ。一切衆生イキトシ生ル者。蠢動含靈。ミナ一佛性ナルコト。大海ノ同一酸味ナル如ク。太虛空ノ同一洞豁ナル如クシヤ。此一佛性。凡夫ニ在テモ減セヌ。佛ニ在テモ增セヌ。此佛性ノ增減ナキコトヲ信スレハ。自ラ憍慢ノ心ナク。惡口ハ離ルルシヤ。迷ニ迷ヲ累ヌレドモ。元來相違ナク。廓然トシテ開悟スレドモ。元來相違ナイ。此迷悟ヘタテナキコトヲ信スレハ。自ラ憍慢ノ心ナク。惡口ハ離ルルシヤ。

新字:法性法トシテソムケハ。此罪業アルコト。譬ヘハ印章ヲ紙ニ印シ出ス如ク。鋳像ノ模ヲ脱スル如ク。毫釐モ差ヒナキトアルシヤ。唯心ノ麁ナル者。道理ニ暗キ者ハ自ラ解セス。名利五欲ニ随順スルモノ。事ニ掩ハサルル者ハ自ラ迷フシヤ。一切衆生イキトシ生ル者。蠢動含霊。ミナ一仏性ナルコト。大海ノ同一酸味ナル如ク。太虚空ノ同一洞豁ナル如クシヤ。此一仏性。凡夫ニ在テモ減セヌ。仏ニ在テモ增セヌ。此仏性ノ增減ナキコトヲ信スレハ。自ラ憍慢ノ心ナク。悪口ハ離ルルシヤ。迷ニ迷ヲ累ヌレドモ。元来相違ナク。廓然トシテ開悟スレドモ。元来相違ナイ。此迷悟ヘタテナキコトヲ信スレハ。自ラ憍慢ノ心ナク。悪口ハ離ルルシヤ。

書き下し

法性法トシテソムケハ。此罪業アルコト。譬ヘハ印章ヲ紙ニ印シ出ス如ク。鋳像ノ模ヲ脱スル如ク。毫釐モ差ヒナキトアルシヤ。唯心ノ麁ナル者。道理ニ暗キ者ハ自ラ解セス。名利五欲ニ随順スルモノ。事ニ掩ハサルル者ハ自ラ迷フシヤ。一切衆生イキトシ生ル者。蠢動含霊。ミナ一仏性ナルコト。大海ノ同一酸味ナル如ク。太虚空ノ同一洞豁ナル如クシヤ。此一仏性。凡夫ニ在テモ減セヌ。仏ニ在テモ增セヌ。此仏性ノ增減ナキコトヲ信スレハ。自ラ憍慢ノ心ナク。悪口ハ離ルルシヤ。迷ニ迷ヲ累ヌレドモ。元来相違ナク。廓然トシテ開悟スレドモ。元来相違ナイ。此迷悟ヘタテナキコトヲ信スレハ。自ラ憍慢ノ心ナク。悪口ハ離ルルシヤ。

現代語訳

法性の法として、背けばこの罪業があることは、譬えれば印章を紙に押し出すように、鋳像が型から抜け出るように、寸分も違いがない、とあるのである。ただ心の粗い者、道理に暗い者は自ら理解しない。名利や五欲に従う者、事に覆われる者は自ら迷うのである。一切の衆生、生きとし生ける者、うごめく虫や命あるものが、みな一つの仏性であることは、大海が同じ一つの味であるように、大空が同じ一つの広々とした空であるようなものである。この一つの仏性は、凡夫にあっても減らない。仏にあっても増えない。この仏性に増減がないことを信じれば、おのずから驕りの心がなく、悪口は離れるのである。迷いに迷いを重ねても、もともと違いはなく、からりと開けて悟っても、もともと違いはない。この迷いと悟りに隔てがないことを信じれば、おのずから驕りの心がなく、悪口は離れるのである。

解説

悪口の報いが印を押すように違わないのは、法性に背くからだと述べたうえで、悪口を根から離れる道を示す。生きとし生けるものはみな同じ一つの仏性をもち、それは大海の水がどこでも同じ味であるように、凡夫にあっても減らず仏にあっても増えない。迷っていても悟っても本来の違いはない。これを信じれば、人を見下す驕りは自然に消え、悪口も離れるという。相手の中に自分と同じ尊さを見ることが、侮りを断つ最も根本的な方法だという教えである。

この章句が説くこと

仏性憍慢悪口平等迷悟

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