十善法語 / 巻第六・不惡口戒
能此戒ヲ護持スル者ハ。君臣ノ名分分明ニシテ。シカモ臣庶ヲモ侮ラヌシヤ。小心翼翼トシテ一日ヨリ一日ヲ愼ム。男女位定テ。而モ婦女子ヲ侮ラヌ。閨門ノ間モ常ニ禮節アルシヤ。父子兄弟位定テ。而モ子弟ヲ侮ラヌ。家門常ニ修ル。王者カ群臣ヲ侮ラヌニヨツテ。能者カ事ニ當テ自ラ能ヲ隱サヌ。直臣カ諫言ヲ盡シテカクサヌ。庶民ヲ侮ラヌニ由テ。億兆ノ推戴スルコト日月ノ如シ。男子カ婦女子ヲ侮ラヌニ由テ。賢女貞婦カ德ヲ輔ケ道ヲ守ル。父兄カ子弟ヲ侮ラヌニ由テ。孝子順孫カ家風ヲ墜サヌ。一日ヨリ一日ヲ愼ム中ニ。此樂事有テ盡ルコトナキシヤ。經ノ中ニ。十善輪王ニハ其子ニ不肖ナル者ナク。其臣ニ奸侫ナル者ナク。后妃ニ醜陋妬婦ナク。其民ニ頑愚ノ者ナク。戰ハスシテ萬國歸伏スルト云コトシヤ。
新字:能此戒ヲ護持スル者ハ。君臣ノ名分分明ニシテ。シカモ臣庶ヲモ侮ラヌシヤ。小心翼翼トシテ一日ヨリ一日ヲ慎ム。男女位定テ。而モ婦女子ヲ侮ラヌ。閨門ノ間モ常ニ礼節アルシヤ。父子兄弟位定テ。而モ子弟ヲ侮ラヌ。家門常ニ修ル。王者カ群臣ヲ侮ラヌニヨツテ。能者カ事ニ当テ自ラ能ヲ隠サヌ。直臣カ諫言ヲ尽シテカクサヌ。庶民ヲ侮ラヌニ由テ。億兆ノ推戴スルコト日月ノ如シ。男子カ婦女子ヲ侮ラヌニ由テ。賢女貞婦カ徳ヲ輔ケ道ヲ守ル。父兄カ子弟ヲ侮ラヌニ由テ。孝子順孫カ家風ヲ墜サヌ。一日ヨリ一日ヲ慎ム中ニ。此楽事有テ尽ルコトナキシヤ。経ノ中ニ。十善輪王ニハ其子ニ不肖ナル者ナク。其臣ニ奸侫ナル者ナク。后妃ニ醜陋妬婦ナク。其民ニ頑愚ノ者ナク。戦ハスシテ万国帰伏スルト云コトシヤ。
書き下し
能此戒ヲ護持スル者ハ。君臣ノ名分分明ニシテ。シカモ臣庶ヲモ侮ラヌシヤ。小心翼翼トシテ一日ヨリ一日ヲ慎ム。男女位定テ。而モ婦女子ヲ侮ラヌ。閨門ノ間モ常ニ礼節アルシヤ。父子兄弟位定テ。而モ子弟ヲ侮ラヌ。家門常ニ修ル。王者カ群臣ヲ侮ラヌニヨツテ。能者カ事ニ当テ自ラ能ヲ隠サヌ。直臣カ諫言ヲ尽シテカクサヌ。庶民ヲ侮ラヌニ由テ。億兆ノ推戴スルコト日月ノ如シ。男子カ婦女子ヲ侮ラヌニ由テ。賢女貞婦カ徳ヲ輔ケ道ヲ守ル。父兄カ子弟ヲ侮ラヌニ由テ。孝子順孫カ家風ヲ墜サヌ。一日ヨリ一日ヲ慎ム中ニ。此楽事有テ尽ルコトナキシヤ。経ノ中ニ。十善輪王ニハ其子ニ不肖ナル者ナク。其臣ニ奸侫ナル者ナク。后妃ニ醜陋妬婦ナク。其民ニ頑愚ノ者ナク。戦ハスシテ万国帰伏スルト云コトシヤ。
現代語訳
よくこの戒を護持する者は、君臣の名分がはっきりしていて、しかも臣下や庶民をも侮らないのである。小心翼翼として一日一日を慎む。男女の位が定まっていて、しかも婦女子を侮らない。夫婦の間にも常に礼節があるのである。父子兄弟の位が定まっていて、しかも子弟を侮らない。家はいつも整っている。王者が群臣を侮らないことによって、能ある者は事に当たって自らの能力を隠さない。直言の臣は諫言を尽くして隠さない。庶民を侮らないことによって、億万の民が推し戴くことは日月のようである。男子が婦女子を侮らないことによって、賢女や貞婦が徳を助け道を守る。父兄が子弟を侮らないことによって、孝行な子や従順な孫が家風を落とさない。一日一日を慎む中に、この楽しみがあって尽きることがないのである。経の中に、十善を行う転輪王にはその子に不肖の者がなく、その臣に奸悪な者がなく、后妃に醜く嫉妬深い者がなく、その民に頑なで愚かな者がなく、戦わずして万国が帰服する、ということである。
解説
この章句が説くこと
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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葉隠・聞書第一主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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