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十善法語 / 巻第六・不惡口戒

此惡口ハ身ヲ亡シ國ヲ敗ル。且ク一二ノ例ヲ擧ハ。東晉ノ代ニ王敦謀反ス。王導自ラ安ンセス。家族男女二十餘人ヲヒキヰテ。罪ヲ禁門ニ待ツ。周伯仁コレヲ見。今年ハ此輩ヲ殺シテ。金印ノ斗ノ如クナルヲ取ヘシト云テ。過キ去ル。後王敦勢强クナリテ。諸ノ公卿ヲ殺害スルトキ。周伯仁カ事ヲ王導ニ問フ。王導默然ス。此ニ因テ終ニ周伯仁ヲ殺ス。後王導禁中ニ入テ諸ノ表文ヲ點檢スルニ。周伯仁王導ヲ救ヒシ表數通有ルヲ看テ。我伯仁ヲ殺サスト雖モ。伯仁我ニ由テ死ト云テ。悔シトアル。看ヨ。周伯仁ニ惡心ハナケレトモ一言ノ惡口ニ由テ終ニ身ヲ亡シタシヤ。三國ノ時。蜀ノ關羽ニ女子アリ。吳ノ孫權使者ヲツカハシテ。其子ノ爲ニ婦ヲ求ム。關羽其使者ヲ罵テ婚ヲ許サス。其後荊州ニ敗軍シテ。終ニ吳ノ虜ト成テ殺サル。此モ一言ノ惡口終ニ身ノ灾トナリ。其國ノ亡フル階トナツタシヤ。

新字:此悪口ハ身ヲ亡シ国ヲ敗ル。且ク一二ノ例ヲ挙ハ。東晋ノ代ニ王敦謀反ス。王導自ラ安ンセス。家族男女二十余人ヲヒキヰテ。罪ヲ禁門ニ待ツ。周伯仁コレヲ見。今年ハ此輩ヲ殺シテ。金印ノ斗ノ如クナルヲ取ヘシト云テ。過キ去ル。後王敦勢強クナリテ。諸ノ公卿ヲ殺害スルトキ。周伯仁カ事ヲ王導ニ問フ。王導黙然ス。此ニ因テ終ニ周伯仁ヲ殺ス。後王導禁中ニ入テ諸ノ表文ヲ点検スルニ。周伯仁王導ヲ救ヒシ表数通有ルヲ看テ。我伯仁ヲ殺サスト雖モ。伯仁我ニ由テ死ト云テ。悔シトアル。看ヨ。周伯仁ニ悪心ハナケレトモ一言ノ悪口ニ由テ終ニ身ヲ亡シタシヤ。三国ノ時。蜀ノ関羽ニ女子アリ。呉ノ孫権使者ヲツカハシテ。其子ノ為ニ婦ヲ求ム。関羽其使者ヲ罵テ婚ヲ許サス。其後荊州ニ敗軍シテ。終ニ呉ノ虜ト成テ殺サル。此モ一言ノ悪口終ニ身ノ災トナリ。其国ノ亡フル階トナツタシヤ。

書き下し

此悪口ハ身ヲ亡シ国ヲ敗ル。且ク一二ノ例ヲ挙ハ。東晋ノ代ニ王敦謀反ス。王導自ラ安ンセス。家族男女二十余人ヲヒキヰテ。罪ヲ禁門ニ待ツ。周伯仁コレヲ見。今年ハ此輩ヲ殺シテ。金印ノ斗ノ如クナルヲ取ヘシト云テ。過キ去ル。後王敦勢强クナリテ。諸ノ公卿ヲ殺害スルトキ。周伯仁カ事ヲ王導ニ問フ。王導黙然ス。此ニ因テ終ニ周伯仁ヲ殺ス。後王導禁中ニ入テ諸ノ表文ヲ点検スルニ。周伯仁王導ヲ救ヒシ表数通有ルヲ看テ。我伯仁ヲ殺サスト雖モ。伯仁我ニ由テ死ト云テ。悔シトアル。看ヨ。周伯仁ニ悪心ハナケレトモ一言ノ悪口ニ由テ終ニ身ヲ亡シタシヤ。三国ノ時。蜀ノ関羽ニ女子アリ。吳ノ孫権使者ヲツカハシテ。其子ノ為ニ婦ヲ求ム。関羽其使者ヲ罵テ婚ヲ許サス。其後荊州ニ敗軍シテ。終ニ吳ノ虜ト成テ殺サル。此モ一言ノ悪口終ニ身ノ灾トナリ。其国ノ亡フル階トナツタシヤ。

現代語訳

この悪口は身を滅ぼし国を敗る。しばらく一、二の例を挙げれば、東晋の代に王敦が謀反を起こした。王導は自ら安んじられず、家族の男女二十余人を率いて、宮門で罪の沙汰を待った。周伯仁がこれを見て、今年はこの者どもを殺して、斗のように大きな金印を手に入れよう、と言って通り過ぎた。後に王敦の勢いが強くなって、諸々の公卿を殺害する時、周伯仁のことを王導に問うた。王導は黙っていた。これによってついに周伯仁を殺した。後に王導が宮中に入って諸々の上奏文を点検すると、周伯仁が王導を救った上奏が数通あるのを見て、私は伯仁を殺さなかったけれども、伯仁は私のせいで死んだ、と言って悔やんだ、とある。見なさい。周伯仁に悪心はなかったけれども、一言の悪口によってついに身を滅ぼしたのである。三国の時、蜀の関羽に娘がいた。呉の孫権が使者を遣わして、自分の子のために嫁にと求めた。関羽はその使者を罵って婚姻を許さなかった。その後、荊州で敗れて、ついに呉の虜となって殺された。これも一言の悪口がついに身の災いとなり、その国の滅びる階段となったのである。

解説

一言の悪口が身を滅ぼした例を中国史から引く。東晋の周伯仁(周顗)は、罪を待つ王導を陰で弁護する上奏を重ねながら、本人の前では殺して金印を取るなどと言い放ったため、王導に見殺しにされた。後に真相を知った王導は、私が殺したのではないが伯仁は私のせいで死んだと悔やんだという。関羽も孫権の縁談を使者ごと罵って退け、やがて呉に討たれた。善意があっても言葉が悪ければ届かない。行いと言葉を一致させることの大切さを痛感させる話である。

この章句が説くこと

悪口周伯仁関羽一言

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