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十善法語 / 巻第五・不綺語戒

優婆塞優婆夷ハ。迹ハ俗中ニ在テ。心ハ出離ノ道ニ遊フ。四十二章經ニ。優婆塞行五事不懈退。至十事必得道者トアル。俗態ヲ改メス。僧伽ニ親近シ。三寶ニ奉事スルヲ。近事男ト云。威萬國ニ加リ。位人神ノ主タレトモ。此身朝露ニ等シキヲ知ル德億兆ニ被リ。智古今ヲ貫ケトモ。此頭臭髑體ナルヲ知ル。群臣翼從シ嬪御圍繞スレトモ。世界ミナ無常ニ歸スルヲ知ル。身心ヲ諸佛ニ歸ス。流水ノ海ニ趣ク如シ。身心唯正法ニ依ル。病ニ良藥ヲ得ル如シ。身心ヲ僧伽ニ歸ス。一切ノ賢聖コレ我師範トスル所シヤ。佛世諸ノ國王早朝ニ政務ヲ聽キ。事竟テ宮中ニ入リ。正法ヲ憶念シ。正智ヲ明ニス。時アリテ軍旅ヲ指麾スル。時アリテ舞樂嬉戯ヲ見聞スル。種種ミナ人事ヲ廢セヌ。淨行鄔波婆沙ノ者ハ。或ハ日ヲ限リ時ヲ剋シテ出離ノ行ニ從事ス。婬戒ノ中ニハ邪正共ニ離ルル。嬉戲ノ中ニハ雅樂婬聲共ニ視聽セヌ。佛在世ハ論スルニ及ハヌ。滅後ニモ。火辨論師ハ形ハ俗ニ隱ルト雖トモ。智ハ道侶ヨリモ高シトアル。菴羅林中法藏婆羅門ハ數百歲世ニ住シテ法ヲ維持アリシト云。支那國ニ在テハ。傅大士龐居士カ類此等ハ其樂ミ絲竹管絃ノ及フ所ニテハナキシヤ。

新字:優婆塞優婆夷ハ。迹ハ俗中ニ在テ。心ハ出離ノ道ニ遊フ。四十二章経ニ。優婆塞行五事不懈退。至十事必得道者トアル。俗態ヲ改メス。僧伽ニ親近シ。三宝ニ奉事スルヲ。近事男ト云。威万国ニ加リ。位人神ノ主タレトモ。此身朝露ニ等シキヲ知ル徳億兆ニ被リ。智古今ヲ貫ケトモ。此頭臭髑体ナルヲ知ル。群臣翼従シ嬪御囲繞スレトモ。世界ミナ無常ニ帰スルヲ知ル。身心ヲ諸仏ニ帰ス。流水ノ海ニ趣ク如シ。身心唯正法ニ依ル。病ニ良薬ヲ得ル如シ。身心ヲ僧伽ニ帰ス。一切ノ賢聖コレ我師範トスル所シヤ。仏世諸ノ国王早朝ニ政務ヲ聴キ。事竟テ宮中ニ入リ。正法ヲ憶念シ。正智ヲ明ニス。時アリテ軍旅ヲ指麾スル。時アリテ舞楽嬉戯ヲ見聞スル。種種ミナ人事ヲ廃セヌ。浄行鄔波婆沙ノ者ハ。或ハ日ヲ限リ時ヲ剋シテ出離ノ行ニ従事ス。婬戒ノ中ニハ邪正共ニ離ルル。嬉戯ノ中ニハ雅楽婬声共ニ視聴セヌ。仏在世ハ論スルニ及ハヌ。滅後ニモ。火弁論師ハ形ハ俗ニ隠ルト雖トモ。智ハ道侶ヨリモ高シトアル。菴羅林中法蔵婆羅門ハ数百歳世ニ住シテ法ヲ維持アリシト云。支那国ニ在テハ。傅大士龐居士カ類此等ハ其楽ミ糸竹管絃ノ及フ所ニテハナキシヤ。

書き下し

優婆塞優婆夷ハ。迹ハ俗中ニ在テ。心ハ出離ノ道ニ遊フ。四十二章経ニ。優婆塞行五事不懈退。至十事必得道者トアル。俗態ヲ改メス。僧伽ニ親近シ。三宝ニ奉事スルヲ。近事男ト云。威万国ニ加リ。位人神ノ主タレトモ。此身朝露ニ等シキヲ知ル徳億兆ニ被リ。智古今ヲ貫ケトモ。此頭臭髑体ナルヲ知ル。群臣翼従シ嬪御囲繞スレトモ。世界ミナ無常ニ帰スルヲ知ル。身心ヲ諸仏ニ帰ス。流水ノ海ニ趣ク如シ。身心唯正法ニ依ル。病ニ良薬ヲ得ル如シ。身心ヲ僧伽ニ帰ス。一切ノ賢聖コレ我師範トスル所シヤ。仏世諸ノ国王早朝ニ政務ヲ聴キ。事竟テ宮中ニ入リ。正法ヲ憶念シ。正智ヲ明ニス。時アリテ軍旅ヲ指麾スル。時アリテ舞楽嬉戯ヲ見聞スル。種種ミナ人事ヲ廃セヌ。浄行鄔波婆沙ノ者ハ。或ハ日ヲ限リ時ヲ剋シテ出離ノ行ニ従事ス。婬戒ノ中ニハ邪正共ニ離ルル。嬉戯ノ中ニハ雅楽婬声共ニ視聴セヌ。仏在世ハ論スルニ及ハヌ。滅後ニモ。火弁論師ハ形ハ俗ニ隠ルト雖トモ。智ハ道侶ヨリモ高シトアル。菴羅林中法蔵婆羅門ハ数百歳世ニ住シテ法ヲ維持アリシト云。支那国ニ在テハ。傅大士龐居士カ類此等ハ其楽ミ糸竹管絃ノ及フ所ニテハナキシヤ。

現代語訳

優婆塞・優婆夷は、跡は俗の中にあって、心は出離の道に遊ぶ。四十二章経に、優婆塞が五つの事を行って怠らず、十の事に至れば必ず道を得る、とある。俗の暮らしぶりを改めず、僧伽に親しみ近づき、三宝に奉仕するのを近事男と言う。威光は万国に及び、位は人と神の主であっても、この身が朝露に等しいことを知る。徳は億兆の民に及び、智は古今を貫いていても、この頭が臭い髑髏であることを知る。群臣が付き従い、后妃や女官が取り巻いていても、世界はみな無常に帰することを知る。身心を諸仏に帰する。流れる水が海に向かうようである。身心はただ正法に依る。病に良薬を得るようである。身心を僧伽に帰する。一切の賢聖が自分の師範とするところである。仏世の諸々の国王は、早朝に政務を聴き、事が終わって宮中に入り、正法を憶念し、正しい智慧を明らかにした。時には軍を指揮する。時には舞楽や戯れを見聞きする。種々の人事をみな廃さない。清らかな行いで布薩(八斎戒)を守る者は、あるいは日を限り時を定めて出離の行に従事する。婬戒については、邪婬も正婬もともに離れる。戯れについては、雅楽も淫らな音もともに見聞きしない。仏在世は論ずるに及ばない。滅後にも、火辨論師は、形は俗に隠れていても、智は道の仲間よりも高い、とある。菴羅林中の法蔵婆羅門は、数百歳世に住して法を維持した、と言う。中国にあっては、傅大士や龐居士の類。これらはその楽しみが糸竹管絃の及ぶところではないのである。

解説

在家の男性信者、優婆塞の道が説かれる。王のような地位にあっても、この身は朝露、この頭は髑髏、世界は無常と知り、身心を仏法僧に帰す。政務も軍事も舞楽も廃さず、日を限って八斎戒を守る日には婬も遊興も離れる。火辨論師は在家ながら学僧を凌いだインドの論師、傅大士は南朝梁の在家の禅者、龐居士は唐の在家の禅者である。社会的な務めを果たしながら心は世俗を超えている、という在家仏教の理想像は、仕事と精神生活の両立を考える今日の人にも示唆を与える。

この章句が説くこと

優婆塞在家無常三宝八斎戒龐居士

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