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十善法語 / 巻第五・不綺語戒

行ニ行ノ法アル。此法我行ニ隨テ違背セヌ。住ニ住ノ法アル。此法我住ニ隨テ違背セヌ。坐ニ坐ノ法有ル。此法我坐ニ隨テ違背セヌ。臥ニ臥ノ法有ル。此法我臥ニ隨テ違背セヌ。寤寐合一。語默ミナ相違ナキシヤ。此ニ至テ美服美飾。廣厦大廡。一切ノ名譽ミナ我心ヲ煩スニ足ヌ。時ヲ積ミ年ヲ累ヌル。日日未タ知ザルトコロノ法ヲ知ル。未タ見ザルトコロノ法ヲ見ル。飢タル者ノ食ヲ得ル如ク。法味身心ニ徹シテ永ク捨離セヌ。寒タル者ノ衣服ヲ得ル如ク。法服普ク覆テ永ク捨離セヌ。熱時ニ凉風ヲ得ル如ク。世間ノ熱惱此處ニ遠離ス。疲極ノ者ノ休息ヲ得ル如ク。身心ノ煩勞此處ニ遠離ス。誠ニ歡喜ヲ生スヘキ處シヤ。誠ニ樂ムヘキコトシヤ。空間獨處シテ自ラ欺カヌ。世間ニ交テ慈悲ト相應スル。一念此塲處ニ相應スレハ二六時中相違セヌ。今日コノ場處ニ相應スレハ生生世世ノ處ニ此樂アリ。此歡喜アルシヤ。此ハ且ク今時劣機ノ及ブ分際ヲ云。得道賢聖ノ趣ハ今ノ述ル所ニアラスシヤ。

新字:行ニ行ノ法アル。此法我行ニ随テ違背セヌ。住ニ住ノ法アル。此法我住ニ随テ違背セヌ。坐ニ坐ノ法有ル。此法我坐ニ随テ違背セヌ。臥ニ臥ノ法有ル。此法我臥ニ随テ違背セヌ。寤寐合一。語黙ミナ相違ナキシヤ。此ニ至テ美服美飾。広厦大廡。一切ノ名誉ミナ我心ヲ煩スニ足ヌ。時ヲ積ミ年ヲ累ヌル。日日未タ知ザルトコロノ法ヲ知ル。未タ見ザルトコロノ法ヲ見ル。飢タル者ノ食ヲ得ル如ク。法味身心ニ徹シテ永ク捨離セヌ。寒タル者ノ衣服ヲ得ル如ク。法服普ク覆テ永ク捨離セヌ。熱時ニ凉風ヲ得ル如ク。世間ノ熱悩此処ニ遠離ス。疲極ノ者ノ休息ヲ得ル如ク。身心ノ煩労此処ニ遠離ス。誠ニ歓喜ヲ生スヘキ処シヤ。誠ニ楽ムヘキコトシヤ。空間独処シテ自ラ欺カヌ。世間ニ交テ慈悲ト相応スル。一念此塲処ニ相応スレハ二六時中相違セヌ。今日コノ場処ニ相応スレハ生生世世ノ処ニ此楽アリ。此歓喜アルシヤ。此ハ且ク今時劣機ノ及ブ分際ヲ云。得道賢聖ノ趣ハ今ノ述ル所ニアラスシヤ。

書き下し

行ニ行ノ法アル。此法我行ニ随テ違背セヌ。住ニ住ノ法アル。此法我住ニ随テ違背セヌ。坐ニ坐ノ法有ル。此法我坐ニ随テ違背セヌ。臥ニ臥ノ法有ル。此法我臥ニ随テ違背セヌ。寤寐合一。語黙ミナ相違ナキシヤ。此ニ至テ美服美飾。広厦大廡。一切ノ名誉ミナ我心ヲ煩スニ足ヌ。時ヲ積ミ年ヲ累ヌル。日日未タ知ザルトコロノ法ヲ知ル。未タ見ザルトコロノ法ヲ見ル。飢タル者ノ食ヲ得ル如ク。法味身心ニ徹シテ永ク捨離セヌ。寒タル者ノ衣服ヲ得ル如ク。法服普ク覆テ永ク捨離セヌ。熱時ニ凉風ヲ得ル如ク。世間ノ熱悩此処ニ遠離ス。疲極ノ者ノ休息ヲ得ル如ク。身心ノ煩労此処ニ遠離ス。誠ニ歓喜ヲ生スヘキ処シヤ。誠ニ楽ムヘキコトシヤ。空間独処シテ自ラ欺カヌ。世間ニ交テ慈悲ト相応スル。一念此塲処ニ相応スレハ二六時中相違セヌ。今日コノ場処ニ相応スレハ生生世世ノ処ニ此楽アリ。此歓喜アルシヤ。此ハ且ク今時劣機ノ及ブ分際ヲ云。得道賢聖ノ趣ハ今ノ述ル所ニアラスシヤ。

現代語訳

行くことには行くことの法がある。この法は自分の行くことに随って背かない。住まることには住まることの法がある。この法は自分の住まることに随って背かない。坐ることには坐ることの法がある。この法は自分の坐ることに随って背かない。臥すことには臥すことの法がある。この法は自分の臥すことに随って背かない。目覚めている時も眠っている時も一つになり、語る時も黙る時もみな違いがないのである。ここに至っては、美しい衣服や飾り、広い家や大きな建物、一切の名誉は、みな自分の心を煩わせるに足りない。時を積み年を重ねる。日々まだ知らなかった法を知る。まだ見なかった法を見る。飢えた者が食を得るように、法の味わいが身心に徹して永く離れない。凍えた者が衣服を得るように、法の衣があまねく覆って永く離れない。暑い時に涼風を得るように、世間の熱悩はここに遠く離れる。疲れ果てた者が休息を得るように、身心の煩いと労苦はここに遠く離れる。まことに歓喜を生ずべきところである。まことに楽しむべきことである。静かな所に独りいて自ら欺かない。世間に交わって慈悲と相応する。一念でもこの場所に相応すれば、昼夜十二時を通じて違わない。今日この場所に相応すれば、生まれ変わるどの世にもこの楽しみがあり、この歓喜があるのである。これはしばらく今の時の劣った機根の者が及ぶ分際を言ったものである。道を得た賢聖の趣は、今述べるところではないのである。

解説

行住坐臥のすべてに法があり、その法が自分の動作に寄り添って離れない境地が描かれる。寝ても覚めても、語っても黙っても一つであれば、美服も豪邸も名誉も心を煩わさない。飢えた者の食、凍えた者の衣、暑さの中の涼風、疲れた者の休息という四つのたとえは、法の味わいが体の底から満たす感覚をよく伝える。独りでいて自分を欺かず、人と交わって慈悲にかなう。尊者はこれでもまだ劣った者の分際だと謙遜するが、日常のすべてを修行とする生き方の喜びが率直に語られている。

この章句が説くこと

行住坐臥慈悲慎独法味歓喜修行

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