十善法語 / 巻第五・不綺語戒
私ニハ此官爵俸祿アリ。此僕從奴婢アリ。此子孫アリ。此民人有テ。分ニ才士ヲ用ヒ。孤獨ヲ惠ム。餘暇アレハ文ヲ學ヒ武ヲ習フ。斯ヲ誠ノ樂トス。絲竹管絃狂言綺語ノ及フ所テハ有マシキシヤ。若又不幸ニシテ暗君暴主ニ遇ヒ。同僚ノ中讒佞ノ人有テ忠ヲ盡シテ反テ斥ケラレ。誠ヲ行フテ反テ罪ニ陷ル。又國破レ家亡ルトキニ逢テ名ヲ沒シ命ヲ捨ル。此等ハ變ト云モノ。業報因緣ノナストコロシヤ。此等ノ時モ自ラ其命ニ處シテ。其樂ヲ失ハヌ道有ヘキコトシヤ。若事ニ觸テ安カラヌトキハ。明師賢友ニ從テ其道ヲ問ヘキシヤ。
新字:私ニハ此官爵俸禄アリ。此僕従奴婢アリ。此子孫アリ。此民人有テ。分ニ才士ヲ用ヒ。孤独ヲ恵ム。余暇アレハ文ヲ学ヒ武ヲ習フ。斯ヲ誠ノ楽トス。糸竹管絃狂言綺語ノ及フ所テハ有マシキシヤ。若又不幸ニシテ暗君暴主ニ遇ヒ。同僚ノ中讒佞ノ人有テ忠ヲ尽シテ反テ斥ケラレ。誠ヲ行フテ反テ罪ニ陥ル。又国破レ家亡ルトキニ逢テ名ヲ没シ命ヲ捨ル。此等ハ変ト云モノ。業報因縁ノナストコロシヤ。此等ノ時モ自ラ其命ニ処シテ。其楽ヲ失ハヌ道有ヘキコトシヤ。若事ニ触テ安カラヌトキハ。明師賢友ニ従テ其道ヲ問ヘキシヤ。
書き下し
私ニハ此官爵俸禄アリ。此僕従奴婢アリ。此子孫アリ。此民人有テ。分ニ才士ヲ用ヒ。孤独ヲ恵ム。余暇アレハ文ヲ学ヒ武ヲ習フ。斯ヲ誠ノ楽トス。糸竹管絃狂言綺語ノ及フ所テハ有マシキシヤ。若又不幸ニシテ暗君暴主ニ遇ヒ。同僚ノ中讒佞ノ人有テ忠ヲ尽シテ反テ斥ケラレ。誠ヲ行フテ反テ罪ニ陥ル。又国破レ家亡ルトキニ逢テ名ヲ没シ命ヲ捨ル。此等ハ変ト云モノ。業報因縁ノナストコロシヤ。此等ノ時モ自ラ其命ニ処シテ。其楽ヲ失ハヌ道有ヘキコトシヤ。若事ニ触テ安カラヌトキハ。明師賢友ニ従テ其道ヲ問ヘキシヤ。
現代語訳
私生活では、この官位と俸禄があり、この従者や召使いがおり、この子孫があり、この民がいて、分に応じて才ある者を用い、身寄りのない者に恵む。余暇があれば文を学び武を習う。これをまことの楽しみとする。糸竹管絃や狂言綺語の及ぶところではないはずである。もしまた不幸にして暗君や暴君に出会い、同僚の中に讒言やへつらいの人がいて、忠を尽くしてかえって退けられ、誠を行ってかえって罪に陥る。また国が破れ家が滅びる時に出会って、名を失い命を捨てる。これらは変事というもので、業報因縁のなすところである。これらの時も、自らその運命に身を処して、その楽しみを失わない道があるはずのことである。もし事に触れて心安らかでない時は、明師や賢い友に従ってその道を問うべきである。
解説
この章句が説くこと
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『後世への最大遺物』第二回・邪魔があるほど事業は大きいたびたびこういうような考えは起りませぬか。もし私に家族の関係がなかったならば、私にも大事業ができたであろう、あるいは、もし私に金があって大学を卒業し、欧米へ行って知識を磨いてきたならば、私にも大事業ができたであろう、もし私に良い友人があったならば大事業ができたであろう、こういう考えは人々に実際起る考えであります。しかれども、種々の不幸に打ち勝つことによって大事業というものができる、それが大事業であります。それゆえに、われわれがこの考えをもってみますと、われわれに邪魔のあるのはもっとも愉快なことであります。邪魔があればあるほど、われわれの事業ができる。勇ましい生涯と事業を後世に遺すことができる。とにかく反対があればあるほど面白い。
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『後世への最大遺物』第二回・艱難について感謝すべきであるわれわれに友達がない、われわれに金がない、われわれに学問がないというのが面白い。われわれが神の恩恵を享け、われわれの信仰によってこれらの不足に打ち勝つことができれば、われわれは非常な事業を遺すものである。われわれが熱心をもってこれに勝てば勝つほど、後世への遺物が大きくなる。もし私に金がたくさんあって、地位があって、責任が少くして、それで大事業ができたところが何でもない。たとい事業は小さくても、これらのすべての反対に打ち勝つことによって、それで後世の人が私によって大いに利益を得るにいたるのである。種々の不都合、種々の反対に打ち勝つことが、われわれの大事業ではないかと思う。それゆえに、ヤコブのように、われわれの出遭う艱難についてわれわれは感謝すべきではないかと思います。
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説苑・雜言孔子、陳・蔡の境に難に遭い、糧を絶つ。弟子皆饑色有り。孔子両柱の間に歌う。子路入りて見えて曰く、「夫子の歌うは、礼なるか」と。孔子応えず、曲終わりて曰く、「由よ、君子の楽しみを好むは驕り無からんが為なり、小人の楽しみを好むは懾れ無からんが為なり。其れ誰か之を知らん。子我を知らずして我に従う者か」と。子路悦ばず、干を援りて舞う。三たび終わりて出づ。七日に至るに及び、孔子楽を脩めて休まず。子路慍りて見えて曰く、「夫子の楽を脩むるは、時なるか」と。孔子応えず、楽終わりて曰く、「由よ、昔者、齊桓の霸心は莒に生じ、句踐の霸心は会稽に生じ、晉文の霸心は驪氏に生ず。故に居りて幽ならざれば、則ち思い遠からず。身約せられざれば則ち智広からず。庸んぞ知らんや之に遇わざるを」と。是に於いて興り、明日厄を免る。子貢轡を執りて曰く、「二三子夫子に従いて此の難に遇う、其れ忘る可からず」と。孔子曰く、「悪んぞ是れ何ぞや。語に云わずや、三たび肱を折りて良医と成ると。夫れ陳・蔡の間は、丘の幸いなり。二三子丘に従う者は皆幸いの人なり。吾聞く、人君困しまざれば王を成さず、列士困しまざれば行を成さずと。昔者、湯は呂に困しみ、文王は羑里に困しみ、秦穆公は殽に困しみ、齊桓は長勺に困しみ、句踐は会稽に困しみ、晉文は驪氏に困しむ。夫れ困の道たる、寒の煖に及ぶより、煖の寒に及ぶがごときなり、唯だ賢者のみ独り知りて之を言い難しとす。易に曰く、『困は亨りて貞し、大人は吉にして、咎無し。言有れども信ぜられず』と。聖人の人と与にして言い難く信じ難き所なり」と。
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『呻吟語』内篇・談道・胸中許多の冰炭無し信に知る、困窮抑鬱、貧賤勞苦は是れ我が應に得べき底なり、安富薄榮、歡欣如意は是れ我が儻來底なりと。胸中便ち許多の冰炭無し。