十善法語 / 巻第五・不綺語戒
我食スルトコロ自ノ勞ヲ食ス。我着スル衣自ノ力ヲ着ル。饑テ食ス。勞シテ憩フ。脫栗土塊モ其安スルニ任ス。隣里力ヲ共ニス。其交リ士君子ニ勝ル。親戚相助ク。其親シミ官爵アル人ニ勝ル。俯仰揖讓ノ煩シキナクテ。長幼ノ序亂レヌ。夫外ニ作シ。妻食ヲ餉テ。怨恨嫉妬少イ。ミナ天ノ憎マヌ處。萬物ノ至公ニ順ス。日出テ作トコロニ其樂アルベク。日入テ家ニ歸ルトコロニ其樂アルベク。貢ヲ怠ヌトコロニ其樂アルベク。餘分ヲ以テ父母ニ事ヘ。妻子ヲ育スルトコロニ其樂アルベシ。此類ガ天ヨリ分付スル眞ノ樂ト云ベキシヤ。絲竹管絃ノ及フ所ナラス。マシテ狂言綺語ノ及フ所テナイ。
新字:我食スルトコロ自ノ労ヲ食ス。我着スル衣自ノ力ヲ着ル。饑テ食ス。労シテ憩フ。脱栗土塊モ其安スルニ任ス。隣里力ヲ共ニス。其交リ士君子ニ勝ル。親戚相助ク。其親シミ官爵アル人ニ勝ル。俯仰揖譲ノ煩シキナクテ。長幼ノ序乱レヌ。夫外ニ作シ。妻食ヲ餉テ。怨恨嫉妬少イ。ミナ天ノ憎マヌ処。万物ノ至公ニ順ス。日出テ作トコロニ其楽アルベク。日入テ家ニ帰ルトコロニ其楽アルベク。貢ヲ怠ヌトコロニ其楽アルベク。余分ヲ以テ父母ニ事ヘ。妻子ヲ育スルトコロニ其楽アルベシ。此類ガ天ヨリ分付スル真ノ楽ト云ベキシヤ。糸竹管絃ノ及フ所ナラス。マシテ狂言綺語ノ及フ所テナイ。
書き下し
我食スルトコロ自ノ労ヲ食ス。我着スル衣自ノ力ヲ着ル。饑テ食ス。労シテ憩フ。脱栗土塊モ其安スルニ任ス。隣里力ヲ共ニス。其交リ士君子ニ勝ル。親戚相助ク。其親シミ官爵アル人ニ勝ル。俯仰揖譲ノ煩シキナクテ。長幼ノ序乱レヌ。夫外ニ作シ。妻食ヲ餉テ。怨恨嫉妬少イ。ミナ天ノ憎マヌ処。万物ノ至公ニ順ス。日出テ作トコロニ其楽アルベク。日入テ家ニ帰ルトコロニ其楽アルベク。貢ヲ怠ヌトコロニ其楽アルベク。余分ヲ以テ父母ニ事ヘ。妻子ヲ育スルトコロニ其楽アルベシ。此類ガ天ヨリ分付スル真ノ楽ト云ベキシヤ。糸竹管絃ノ及フ所ナラス。マシテ狂言綺語ノ及フ所テナイ。
現代語訳
自分が食べるものは自分の労を食べる。自分が着る衣は自分の力を着る。飢えて食べ、労して憩う。粗末な米や土くれのような食べ物でも、その安らぎに任せる。隣近所と力を合わせる。その交わりは士君子に勝る。親戚が互いに助け合う。その親しみは官位ある人に勝る。お辞儀や譲り合いの煩わしさはなくても、長幼の序は乱れない。夫は外で働き、妻は食事を運んで、恨みや嫉妬が少ない。みな天の憎まないところであり、万物の至公に従っている。日が出て働くところにその楽しみがあるはずであり、日が入って家に帰るところにその楽しみがあるはずである。年貢を怠らないところにその楽しみがあるはずであり、余りをもって父母に仕え、妻子を育てるところにその楽しみがあるはずである。こうした類が、天から分け与えられたまことの楽しみと言うべきものである。糸竹管絃の及ぶところではない。まして狂言綺語の及ぶところではない。
解説
この章句が説くこと
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