十善法語 / 巻第五・不綺語戒
半月ノ布薩。佛世ヨリウケ來テ今日ニ至ル。凡聖共ニ和合シ。上中下座均ク奉行ス。經中ニ我滅度セズ。半月ニ一タヒ來ルトアル。罪アル自ラ知ル。知レハ必ス懺悔ス。罪ナキ自ラ知ル。默然トシテ安住スル。此軌則有テ此道業ニススム。經中ニ。佛法ノ大海。入ニ隨テ漸次ニ深キトアル。冬夏ノ二時。若ハ春夏冬ノ三時。要期ヲ立テテ安居ス。此日アリテ此憶念アル日日此ノ如シ。此住處アリテ此修行アル。若ハ一室ニ坐シテ移ラヌ。若ハ一院ニ在テ門ヲ出ヌ。期限滿シテ解制ス。實ニ虚ク信施ヲ消セヌ。虚ク時日ヲ送ラヌ。今年ノ人ハ去年ノ人ニアラス。滿夏ノ人ハ結夏ノ人ニ非ス。誠ニ樂ムヘキコトシヤ。
新字:半月ノ布薩。仏世ヨリウケ来テ今日ニ至ル。凡聖共ニ和合シ。上中下座均ク奉行ス。経中ニ我滅度セズ。半月ニ一タヒ来ルトアル。罪アル自ラ知ル。知レハ必ス懺悔ス。罪ナキ自ラ知ル。黙然トシテ安住スル。此軌則有テ此道業ニススム。経中ニ。仏法ノ大海。入ニ随テ漸次ニ深キトアル。冬夏ノ二時。若ハ春夏冬ノ三時。要期ヲ立テテ安居ス。此日アリテ此憶念アル日日此ノ如シ。此住処アリテ此修行アル。若ハ一室ニ坐シテ移ラヌ。若ハ一院ニ在テ門ヲ出ヌ。期限満シテ解制ス。実ニ虚ク信施ヲ消セヌ。虚ク時日ヲ送ラヌ。今年ノ人ハ去年ノ人ニアラス。満夏ノ人ハ結夏ノ人ニ非ス。誠ニ楽ムヘキコトシヤ。
書き下し
半月ノ布薩。仏世ヨリウケ来テ今日ニ至ル。凡聖共ニ和合シ。上中下座均ク奉行ス。経中ニ我滅度セズ。半月ニ一タヒ来ルトアル。罪アル自ラ知ル。知レハ必ス懺悔ス。罪ナキ自ラ知ル。黙然トシテ安住スル。此軌則有テ此道業ニススム。経中ニ。仏法ノ大海。入ニ随テ漸次ニ深キトアル。冬夏ノ二時。若ハ春夏冬ノ三時。要期ヲ立テテ安居ス。此日アリテ此憶念アル日日此ノ如シ。此住処アリテ此修行アル。若ハ一室ニ坐シテ移ラヌ。若ハ一院ニ在テ門ヲ出ヌ。期限満シテ解制ス。実ニ虚ク信施ヲ消セヌ。虚ク時日ヲ送ラヌ。今年ノ人ハ去年ノ人ニアラス。満夏ノ人ハ結夏ノ人ニ非ス。誠ニ楽ムヘキコトシヤ。
現代語訳
半月ごとの布薩は、仏世からうけ継いで今日に至る。凡夫も聖者もともに和合し、上座・中座・下座がひとしく奉じ行う。経の中に、わたしは滅度しない、半月に一たび来る、とある。罪があれば自ら知る。知れば必ず懺悔する。罪がなければ自ら知る。黙然として安住する。この規則があってこの道業に進む。経の中に、仏法の大海は入るにつれて次第に深い、とある。冬と夏の二時、あるいは春夏冬の三時に、期限を立てて安居する。この日があってこの憶念がある。日々このようである。この住処があってこの修行がある。あるいは一室に坐って移らない。あるいは一院にいて門を出ない。期限が満ちて解制する。実に空しく信施を費やさない。空しく時日を送らない。今年の人は去年の人ではない。夏安居を満了した人は、夏安居を結んだ時の人ではない。まことに楽しむべきことである。
解説
この章句が説くこと
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