十善法語 / 巻第五・不綺語戒
詩賦文章ノ類。我邦ノ敷島ノ道。ミナ精神ヲ模シ出シ。風化ヲ助ケ。道理ヲ寓スル器シヤ。歌學者カ一草一木一瓦一石マテ。言ヲ發シテ歌ヨメト云ヌハカリノ姿シヤト云。詩人カ人事萬般四時ノ風景コトコトク佳句ノアル處ト云。男女ノ情ニ寄テ君臣ノ義ヲノヘ。杯酒ニヨセテ慷慨ノ氣象ヲ顯ハスト云。竝ニ其樂其人ニ在ベキコトシヤ。詩經三百篇ヲ審ニスレハ。國風人情ノ中ニ世ヲ救ヒ民ニ長タル趣有テ存スル。文選ニ至リ唐詩ニ至ルマテ。時ノ治亂。民ノ苦樂。事ノ成敗。情ノ虛實。條然トワカレテ面白キコト多イト云コトシヤ。降テハ宋詩ノ理ニ過ルモ。明詩ノ模樣ニワタルモ。其樂其人ニ在ベシ。我邦ノ和歌。萬葉已來。ソノ風采。千歲ノ後モ感ニ入ルコトシヤ。玄賓僧都ノ山田モルノ詠。蟬丸カ此ヤコノノ歌。喜撰カ宇治山ノ歌ノ類。ソノ逸趣。天竺ノ偈頌ノ文ニモ比スヘキト云。又櫻カサシテ今日モ暮シツト云。紅葉ノ錦神ノマニマニト云。我身ヒトツハ舊ノ身ニシテト云類。三百篇ニモ比スヘキト云シヤ。
新字:詩賦文章ノ類。我邦ノ敷島ノ道。ミナ精神ヲ模シ出シ。風化ヲ助ケ。道理ヲ寓スル器シヤ。歌学者カ一草一木一瓦一石マテ。言ヲ発シテ歌ヨメト云ヌハカリノ姿シヤト云。詩人カ人事万般四時ノ風景コトコトク佳句ノアル処ト云。男女ノ情ニ寄テ君臣ノ義ヲノヘ。杯酒ニヨセテ慷慨ノ気象ヲ顕ハスト云。並ニ其楽其人ニ在ベキコトシヤ。詩経三百篇ヲ審ニスレハ。国風人情ノ中ニ世ヲ救ヒ民ニ長タル趣有テ存スル。文選ニ至リ唐詩ニ至ルマテ。時ノ治乱。民ノ苦楽。事ノ成敗。情ノ虚実。条然トワカレテ面白キコト多イト云コトシヤ。降テハ宋詩ノ理ニ過ルモ。明詩ノ模様ニワタルモ。其楽其人ニ在ベシ。我邦ノ和歌。万葉已来。ソノ風采。千歳ノ後モ感ニ入ルコトシヤ。玄賓僧都ノ山田モルノ詠。蟬丸カ此ヤコノノ歌。喜撰カ宇治山ノ歌ノ類。ソノ逸趣。天竺ノ偈頌ノ文ニモ比スヘキト云。又桜カサシテ今日モ暮シツト云。紅葉ノ錦神ノマニマニト云。我身ヒトツハ旧ノ身ニシテト云類。三百篇ニモ比スヘキト云シヤ。
書き下し
詩賦文章ノ類。我邦ノ敷島ノ道。ミナ精神ヲ模シ出シ。風化ヲ助ケ。道理ヲ寓スル器シヤ。歌学者カ一草一木一瓦一石マテ。言ヲ発シテ歌ヨメト云ヌハカリノ姿シヤト云。詩人カ人事万般四時ノ風景コトコトク佳句ノアル処ト云。男女ノ情ニ寄テ君臣ノ義ヲノヘ。杯酒ニヨセテ慷慨ノ気象ヲ顕ハスト云。並ニ其楽其人ニ在ベキコトシヤ。詩経三百篇ヲ審ニスレハ。国風人情ノ中ニ世ヲ救ヒ民ニ長タル趣有テ存スル。文選ニ至リ唐詩ニ至ルマテ。時ノ治乱。民ノ苦楽。事ノ成敗。情ノ虚実。条然トワカレテ面白キコト多イト云コトシヤ。降テハ宋詩ノ理ニ過ルモ。明詩ノ模様ニワタルモ。其楽其人ニ在ベシ。我邦ノ和歌。万葉已来。ソノ風采。千歳ノ後モ感ニ入ルコトシヤ。玄賓僧都ノ山田モルノ詠。蟬丸カ此ヤコノノ歌。喜撰カ宇治山ノ歌ノ類。ソノ逸趣。天竺ノ偈頌ノ文ニモ比スヘキト云。又桜カサシテ今日モ暮シツト云。紅葉ノ錦神ノマニマニト云。我身ヒトツハ旧ノ身ニシテト云類。三百篇ニモ比スヘキト云シヤ。
現代語訳
詩賦や文章の類、わが国の敷島の道(和歌)は、みな精神を写し出し、風俗の教化を助け、道理を託する器である。歌学者は、一草一木一瓦一石まで、言葉を発して歌を詠めと言わんばかりの姿だ、と言う。詩人は、人事万般、四季の風景ことごとく佳句のあるところだ、と言う。男女の情に寄せて君臣の義を述べ、杯の酒に寄せて慷慨の気象を表す、と言う。いずれもその楽しみはその人にあるはずのことである。詩経三百篇を詳しく見れば、国々の風俗や人情の中に、世を救い民の長となる趣があって存する。文選から唐詩に至るまで、時の治乱、民の苦楽、事の成敗、情の虚実がはっきりと分かれて面白いことが多い、ということである。下っては宋詩が理に過ぎるのも、明詩が模様に傾くのも、その楽しみはその人にあるはずである。わが国の和歌は、万葉以来、その風采は千年の後も感に入ることである。玄賓僧都の山田守るの詠、蝉丸のこれやこの(行くも帰るも)の歌、喜撰の宇治山の歌の類は、その逸れた趣が天竺の偈頌の文にも比べられると言う。また、桜かざして今日も暮らしつ、と言い、紅葉の錦神のまにまに、と言い、我が身ひとつはもとの身にして、と言う類は、詩経三百篇にも比べられると言うのである。
解説
この章句が説くこと
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