十善法語 / 巻第五・不綺語戒
百姓農人ハ明君ノ重ンスル所デ。是カ國ノ本シヤ。古ヨリ農人ノ榮衰ハ治亂ニ關ル。農人窮スレハ田野關ケス。田野關ケサレハ人ミナ本ヲ棄テテ末ヲ逐フ。人末ヲ逐ヘハ利欲ノ心深シ。利欲深ケレハ道ヲ失フ。此ヲ亂ノ階ト云ヘキシヤ。神農氏カ自ラ耕ヲ教ル。后稷カ四時ニ順シテ百穀ヲ種ル等。此農業ハ自ラ天地生育ノ趣ニ順スル。其跡ヨリ此ヲ見ハ。天地ヲ助テ萬物ヲ生育スト云モ可ナリシヤ。
新字:百姓農人ハ明君ノ重ンスル所デ。是カ国ノ本シヤ。古ヨリ農人ノ栄衰ハ治乱ニ関ル。農人窮スレハ田野関ケス。田野関ケサレハ人ミナ本ヲ棄テテ末ヲ逐フ。人末ヲ逐ヘハ利欲ノ心深シ。利欲深ケレハ道ヲ失フ。此ヲ乱ノ階ト云ヘキシヤ。神農氏カ自ラ耕ヲ教ル。后稷カ四時ニ順シテ百穀ヲ種ル等。此農業ハ自ラ天地生育ノ趣ニ順スル。其跡ヨリ此ヲ見ハ。天地ヲ助テ万物ヲ生育スト云モ可ナリシヤ。
書き下し
百姓農人ハ明君ノ重ンスル所デ。是カ国ノ本シヤ。古ヨリ農人ノ栄衰ハ治乱ニ関ル。農人窮スレハ田野関ケス。田野関ケサレハ人ミナ本ヲ棄テテ末ヲ逐フ。人末ヲ逐ヘハ利欲ノ心深シ。利欲深ケレハ道ヲ失フ。此ヲ乱ノ階ト云ヘキシヤ。神農氏カ自ラ耕ヲ教ル。后稷カ四時ニ順シテ百穀ヲ種ル等。此農業ハ自ラ天地生育ノ趣ニ順スル。其跡ヨリ此ヲ見ハ。天地ヲ助テ万物ヲ生育スト云モ可ナリシヤ。
現代語訳
百姓や農民は明君の重んずるところで、これが国の本である。古から農民の栄え衰えは治乱に関わる。農民が困窮すれば田野は開かれない。田野が開かれなければ、人はみな本を棄てて末を追う。人が末を追えば利欲の心が深くなる。利欲が深ければ道を失う。これを乱の階段と言うべきである。神農氏が自ら耕すことを教え、后稷が四季に従って百穀を植えた等の、この農業は、自ずから天地が生み育てる趣に従うものである。その跡からこれを見れば、天地を助けて万物を生み育てると言ってもよいのである。
解説
この章句が説くこと
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