十善法語 / 巻第五・不綺語戒
工匠ノ道モ面白カルヘキコトシヤ。總シテ此手足アレハ此勞アルベク。此意アレハ此思慮アルベシ。安逸ハ反テ道ニ背ク。道ニ背ケハ苦ヲ生スル。上一人ヨリ下士庶人ニ至マテ。各其作業アルコト。譬ヘハ天地ノ物ヲ生スルニ。一草一木ニ至マテ悉ク其用アルガ如クシヤ。因緣アツテ其家家ノ業ヲ繼ク。先祖已來ノ所作ニ心ヲ用ヒ身ヲ勞スル。其中ニ其樂アルヘク。道モ其中ニ顯ルベシ。
新字:工匠ノ道モ面白カルヘキコトシヤ。総シテ此手足アレハ此労アルベク。此意アレハ此思慮アルベシ。安逸ハ反テ道ニ背ク。道ニ背ケハ苦ヲ生スル。上一人ヨリ下士庶人ニ至マテ。各其作業アルコト。譬ヘハ天地ノ物ヲ生スルニ。一草一木ニ至マテ悉ク其用アルガ如クシヤ。因縁アツテ其家家ノ業ヲ継ク。先祖已来ノ所作ニ心ヲ用ヒ身ヲ労スル。其中ニ其楽アルヘク。道モ其中ニ顕ルベシ。
書き下し
工匠ノ道モ面白カルヘキコトシヤ。総シテ此手足アレハ此労アルベク。此意アレハ此思慮アルベシ。安逸ハ反テ道ニ背ク。道ニ背ケハ苦ヲ生スル。上一人ヨリ下士庶人ニ至マテ。各其作業アルコト。譬ヘハ天地ノ物ヲ生スルニ。一草一木ニ至マテ悉ク其用アルガ如クシヤ。因縁アツテ其家家ノ業ヲ継ク。先祖已来ノ所作ニ心ヲ用ヒ身ヲ労スル。其中ニ其楽アルヘク。道モ其中ニ顕ルベシ。
現代語訳
工匠の道も面白いはずのことである。総じてこの手足があればこの労があるべきであり、この心があればこの思慮があるべきである。安逸はかえって道に背く。道に背けば苦しみを生ずる。上は一人(君主)から下は士や庶民に至るまで、それぞれにその仕事があるのは、たとえば天地が物を生ずるのに、一草一木に至るまでことごとくその用があるようなものである。因縁があって、その家その家の業を継ぐ。先祖以来の仕事に心を用い身を労する。その中にその楽しみがあるはずであり、道もその中に現れるはずである。
解説
この章句が説くこと
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