十善法語 / 巻第五・不綺語戒
大凡天地ハ至公ナルモノシヤ。四時日夜ハ至公ナルモノシヤ。萬物モ悉ク至公ナルモノシヤ。人或ハ私有テ天地ニ戾リ。萬物ヲ害シ。自ラ福分ヲ減少スルシヤ。今ニシテ云ハ。五穀モ十七種ノ穀モ人趣福分ノ任持セル所ニテ。其種子朽敗セヌシヤ。春耕シ夏耘リ。自ラ力ヲ勞シテ成就ヲ天ニ任ス。其作業自ラ天ノ道ヲ樂ムト云ヘキシヤ。時至テ種子ヲ下ス。時至テ成熟ヲ得ル。此等時ノ至公ニ順ス。孔子モ時ナラザル。食セストアル。地ノ宜ヲ察シテ植ル。コレ地ノ至公ニ順ス。古ニ江南ノ橘江北ノ枳トナルトアル。面白キコトシヤ。
新字:大凡天地ハ至公ナルモノシヤ。四時日夜ハ至公ナルモノシヤ。万物モ悉ク至公ナルモノシヤ。人或ハ私有テ天地ニ戻リ。万物ヲ害シ。自ラ福分ヲ減少スルシヤ。今ニシテ云ハ。五穀モ十七種ノ穀モ人趣福分ノ任持セル所ニテ。其種子朽敗セヌシヤ。春耕シ夏耘リ。自ラ力ヲ労シテ成就ヲ天ニ任ス。其作業自ラ天ノ道ヲ楽ムト云ヘキシヤ。時至テ種子ヲ下ス。時至テ成熟ヲ得ル。此等時ノ至公ニ順ス。孔子モ時ナラザル。食セストアル。地ノ宜ヲ察シテ植ル。コレ地ノ至公ニ順ス。古ニ江南ノ橘江北ノ枳トナルトアル。面白キコトシヤ。
書き下し
大凡天地ハ至公ナルモノシヤ。四時日夜ハ至公ナルモノシヤ。万物モ悉ク至公ナルモノシヤ。人或ハ私有テ天地ニ戻リ。万物ヲ害シ。自ラ福分ヲ減少スルシヤ。今ニシテ云ハ。五穀モ十七種ノ穀モ人趣福分ノ任持セル所ニテ。其種子朽敗セヌシヤ。春耕シ夏耘リ。自ラ力ヲ労シテ成就ヲ天ニ任ス。其作業自ラ天ノ道ヲ楽ムト云ヘキシヤ。時至テ種子ヲ下ス。時至テ成熟ヲ得ル。此等時ノ至公ニ順ス。孔子モ時ナラザル。食セストアル。地ノ宜ヲ察シテ植ル。コレ地ノ至公ニ順ス。古ニ江南ノ橘江北ノ枳トナルトアル。面白キコトシヤ。
現代語訳
おおよそ天地は至って公なものである。四季や昼夜は至って公なものである。万物もことごとく至って公なものである。人はあるいは私心があって天地に背き、万物を害し、自ら福分を減らすのである。今のこととして言えば、五穀も十七種の穀物も、人の世界の福分が保ち続けているところであって、その種子は朽ち果てないのである。春に耕し夏に草を取り、自ら力を尽くして、成るか成らないかは天に任せる。その作業は自ずから天の道を楽しむものと言うべきである。時が来て種子を下ろす。時が来て実りを得る。これらは時の至公に従うのである。孔子も、時節でないものは食べない、とある。土地の適性をよく見て植える。これは地の至公に従うのである。古に、江南の橘が江北に移ると枳(からたち)になる、とある。面白いことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『甲陽軍鑑』品第三十九其子細は縦へをとるに矢勢盛には射ぬく者也、矢勢過る時分には浅く立、矢勢過ては己と落る、其ごとく人の果報も久しく無之候、果報の過時分をまたずして盛に取合を始め、天道よりおしおとさるゝ也、信玄が信長·家康と武篇対々ならば、是程早く命は縮るまじけれ共、弓矢には信長·家康両人懸りても信玄には更になり難き故、天道果報をひきし給へば、天より信玄をころし給ふ、其印には輝虎三年の間に病死仕るべく候、
-
孔子家語・大婚解公曰く、「君子何ぞ天道を貴ぶや。」孔子曰く、「其の已まざるを貴ぶなり。日月東西相従いて已まざるが如きなり。是れ天道なり。閉じずして能く久しき、是れ天道なり。無為にして物成る、是れ天道なり。已に成りて之を明らかにする、是れ天道なり。」公曰く、「寡人且つ愚冥なり、幸いに子の心を煩わさん。」孔子蹴然として席を避けて対えて曰く、「仁人は物に過ぎず、孝子は親に過ぎず。是の故に仁人の親に事うるや天に事うるが如く、天に事うるや親に事うるが如し。此を孝子の身を成すと謂う。」公曰く、「寡人既に此くの如き言を聞く、後の罪を如何せんこと無きか。」孔子対えて曰く、「君子此の言に及ぶは、是れ臣の福なり。」
-
史記 伯夷列伝或いは曰く、「天道は親無く、常に善人に与す」と。伯夷・叔斉の若きは、善人と謂ふ可き者か、非ざるか。仁を積み行ひを潔くすること此くの如くして餓死す。且つ七十子の徒、仲尼独り顔淵をのみ薦めて学を好むと為すも、然るに回や、屢々空しく、糟糠にだも厭かずして、卒に蚤夭す。天の善人に報施するは、其れ何如ぞや。盗跖は日々不辜を殺し、人の肉を肝し、暴戻恣睢にして、党を聚むること数千人、天下に横行するも、竟に寿を以て終はる。是れ何の徳に遵ふや。此れ其の尤も大いに彰明較著なる者なり。近世に至るが若きは、操行軌ならず、専ら忌諱を犯し、而も身を終ふるまで逸楽し、富厚にて世を累ぬるも絶えず。或いは地を択びて之を蹈み、時ありて然る後に言を出だし、行ひは径に由らず、公正に非ずんば憤りを発せず、而るに禍災に遇ふ者は、勝げて数ふ可からざるなり。余、甚だ惑ふ。儻くは所謂天道は、是か非か。
-
説苑・說叢天與えて取らざれば、反って其の咎を受く。時至りて迎えざれば、反って其の殃を受く。天地親しむ無く、常に善人に與す。天道常有り、堯の為に存せず、桀の為に亡びず。善を積むの家には、必ず餘慶有り。惡を積むの家には、必ず餘殃有り。一噎の故に、穀を絕ちて食らわず。一蹶の故に、足を卻けて行かず。心天地の如き者は明らかに、行い繩墨の如き者は章らかなり。位高くして道大なる者は從い、事大にして道小なる者は凶なり。言疑わしき者は犯す無く、行い疑わしき者は從う無し。蠹蝝は柱梁を仆し、蚊虻は牛羊を走らす。
-
孔子家語・六本孔子斉に在り、外館に舎る。景公造く。賓主の辞既に接するや、左右白して曰わく、「周の使い適に至り、先王の廟災すと言う。」景公覆た災は何れの王の廟なるかを問う。孔子曰わく、「此れ必ず厘王の廟ならん。」公曰わく、「何を以て之れを知るや。」孔子曰わく、「詩に云う、『皇皇たる上天、其の命忒わず。天の善を以てするや、必ず其の徳に報ゆ。』禍も亦た之れの如し。夫れ厘王は文武の制を変じ、玄黄華麗の飾りを作り、宮室崇峻に、輿馬奢侈にして、振るう可からず。故に天殃宜しく其の廟に加うべし、是を以て之れを占なうに然りと為す。」公曰わく、「天何ぞ其の身を殃せずして、其の廟に罰を加うるや。」孔子曰わく、「蓋し文武を以ての故なり。若し其の身を殃せば、則ち文武の嗣、乃ち殄びんとするに無からんや。故に当に其の廟を殃すべく、以て其の過ちを彰らかにす。」俄頃にして、左右報じて曰わく、「災する所は、厘王の廟なり。」景公驚き起ちて、再拝して曰わく、「善いかな、聖人の智、人に過ぐること遠し。」
-
『甲陽軍鑑』品第六能人の埋るゝも世のならひ、悪き者うゆるもならひ、善悪をまぜあはするは皆是天道なりと心得べし一丹波国赤井と云男、七歳にて人を伐、赤井悪右衛門と名をよばれ、五畿内におひて己が人数五百千はかりにて敵五千六千をも数度戦て悪右衛門かたずといふことなし一四国阿波の三善修理太夫殿は、