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十善法語 / 巻第五・不綺語戒

先祖宗廟ヲ祭レハ。先祖ノ德ヲ自己ニウケ得テ。此ヲ子孫ニ傳ル。恩ヲ報イ。禮式ヲ闕ヌハカリノコトテハナキシヤ。神祇ニ事レハ。神祇ノ冥助ヲ得テ。靈妙ノ德ヲ自己ニ全クスル。民ヲ將キ。禮度ヲ闕ヌハカリノコトテハナキシヤ。下ハ萬民ノ父母ト爲テ庶民ヲ子ノ如ク撫育ス。民ト憂ヲ同クシ。民ト其樂ヲ同クスル。民ト憂ヲ同クスレハ其憂ハナクナル。民ト其樂ヲ同クスレハ其樂ハツクルコトナイ。仁慈事ニ觸レテ出ル。老者ヲ安スル。少者ヲ懷クル。時ナラサレハ山ヲ焚ヌ。時ナラサレハ池ヲ涸サヌ。禽獸ミナ其生ヲ遂ル。國中惡疾ナイ。不殺生ノ法。法トシテ如是シヤ。

新字:先祖宗廟ヲ祭レハ。先祖ノ徳ヲ自己ニウケ得テ。此ヲ子孫ニ伝ル。恩ヲ報イ。礼式ヲ闕ヌハカリノコトテハナキシヤ。神祇ニ事レハ。神祇ノ冥助ヲ得テ。霊妙ノ徳ヲ自己ニ全クスル。民ヲ将キ。礼度ヲ闕ヌハカリノコトテハナキシヤ。下ハ万民ノ父母ト為テ庶民ヲ子ノ如ク撫育ス。民ト憂ヲ同クシ。民ト其楽ヲ同クスル。民ト憂ヲ同クスレハ其憂ハナクナル。民ト其楽ヲ同クスレハ其楽ハツクルコトナイ。仁慈事ニ触レテ出ル。老者ヲ安スル。少者ヲ懐クル。時ナラサレハ山ヲ焚ヌ。時ナラサレハ池ヲ涸サヌ。禽獣ミナ其生ヲ遂ル。国中悪疾ナイ。不殺生ノ法。法トシテ如是シヤ。

書き下し

先祖宗廟ヲ祭レハ。先祖ノ徳ヲ自己ニウケ得テ。此ヲ子孫ニ伝ル。恩ヲ報イ。礼式ヲ闕ヌハカリノコトテハナキシヤ。神祇ニ事レハ。神祇ノ冥助ヲ得テ。霊妙ノ徳ヲ自己ニ全クスル。民ヲ将キ。礼度ヲ闕ヌハカリノコトテハナキシヤ。下ハ万民ノ父母ト為テ庶民ヲ子ノ如ク撫育ス。民ト憂ヲ同クシ。民ト其楽ヲ同クスル。民ト憂ヲ同クスレハ其憂ハナクナル。民ト其楽ヲ同クスレハ其楽ハツクルコトナイ。仁慈事ニ触レテ出ル。老者ヲ安スル。少者ヲ懐クル。時ナラサレハ山ヲ焚ヌ。時ナラサレハ池ヲ涸サヌ。禽獣ミナ其生ヲ遂ル。国中悪疾ナイ。不殺生ノ法。法トシテ如是シヤ。

現代語訳

先祖の宗廟を祀れば、先祖の徳を自分に受け得て、これを子孫に伝える。恩に報い、礼式を欠かないというだけのことではないのである。神祇に仕えれば、神祇の目に見えない助けを得て、霊妙な徳を自分に全うする。民を率い、礼の度を欠かないというだけのことではないのである。下に対しては万民の父母となって、庶民を子のように慈しみ育てる。民と憂いをともにし、民とその楽しみをともにする。民と憂いをともにすれば、その憂いはなくなる。民とその楽しみをともにすれば、その楽しみは尽きることがない。仁慈が事に触れて表れる。老人を安らかにし、若者を懐かせる。時期でなければ山を焼かない。時期でなければ池を干さない。鳥獣はみなその生を遂げる。国中に悪い病がない。不殺生の法は、法としてこのようなものである。

解説

君主の楽しみの続きで、祖先と神々への奉仕、そして民を子のように育むことが語られる。民と憂いと楽しみをともにするという考えは『孟子』梁恵王下の「民の楽しみを楽しむ者は、民も亦其の楽しみを楽しむ」に通じる。時期でなければ山を焼かず池を干さないのは、資源を取り尽くさない古代の政治の理想で、尊者はそれを不殺生戒が政治に現れた姿と見る。十善を個人の徳目にとどめず、治める者の政策として読み替えていく点が興味深い。

この章句が説くこと

不殺生仁慈民本十善孟子宗廟

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