十善法語 / 巻第五・不綺語戒
大君ノ樂ミハ。上天ノ道ヲ全クスルシヤ。賢君聖主ハ天ヲ畏ルル。此天威ヲ畏ルル處ニ天命ヲ受ルシヤ。農時ニ田獵セヌ。日蝕ニ身ヲ愼ム。天變ニ自省察スル。ミナ多福ヲ享ル基シヤ。此愼有テ歲時ニ天神ヲ享ス。天ト其德ヲ齊スル趣アルシヤ。易ニモ天ニ先タツテ天タカハス。天ニ後レテ天ノ則ヲ受トアル。出世法ノ中ニ。凡ソ菩薩所作アレハ諸天佐助ストアル。中ハ宗廟ニ事ヘ。山川諸神祇ヲ崇ンテ。常ニ怠ラヌシヤ。
新字:大君ノ楽ミハ。上天ノ道ヲ全クスルシヤ。賢君聖主ハ天ヲ畏ルル。此天威ヲ畏ルル処ニ天命ヲ受ルシヤ。農時ニ田猟セヌ。日蝕ニ身ヲ慎ム。天変ニ自省察スル。ミナ多福ヲ享ル基シヤ。此慎有テ歳時ニ天神ヲ享ス。天ト其徳ヲ斉スル趣アルシヤ。易ニモ天ニ先タツテ天タカハス。天ニ後レテ天ノ則ヲ受トアル。出世法ノ中ニ。凡ソ菩薩所作アレハ諸天佐助ストアル。中ハ宗廟ニ事ヘ。山川諸神祇ヲ崇ンテ。常ニ怠ラヌシヤ。
書き下し
大君ノ楽ミハ。上天ノ道ヲ全クスルシヤ。賢君聖主ハ天ヲ畏ルル。此天威ヲ畏ルル処ニ天命ヲ受ルシヤ。農時ニ田猟セヌ。日蝕ニ身ヲ慎ム。天変ニ自省察スル。ミナ多福ヲ享ル基シヤ。此慎有テ歳時ニ天神ヲ享ス。天ト其徳ヲ斉スル趣アルシヤ。易ニモ天ニ先タツテ天タカハス。天ニ後レテ天ノ則ヲ受トアル。出世法ノ中ニ。凡ソ菩薩所作アレハ諸天佐助ストアル。中ハ宗廟ニ事ヘ。山川諸神祇ヲ崇ンテ。常ニ怠ラヌシヤ。
現代語訳
大君の楽しみは、上に対しては天の道を全うすることである。賢君聖主は天を畏れる。この天の威を畏れるところに天命を受けるのである。農事の時期に狩りをしない。日食に身を慎む。天変に自ら省みる。みな多くの福を受ける基である。この慎みがあって、季節ごとに天の神を祀る。天とその徳を等しくする趣があるのである。易にも、天に先立って天に違わず、天に後れて天の則を受ける、とある。出世間の法の中に、およそ菩薩の行いがあれば諸天が助ける、とある。中ほどには、宗廟に仕え、山川の諸々の神祇を崇めて、常に怠らないのである。
解説

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