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十善法語 / 巻第五・不綺語戒

古ニモ樂トハ情ノ變スヘカラサル者ナリトアル。弦歌千揚ハ樂ノ末節トアル。大君ハ大君ノ樂有ヘク。執政大臣ハ執政大臣ノ樂アルヘク。士農工商ハ士農工商ノ樂アルヘク。君子ハ君子ノ樂ヲ樂ムヘク。小人ハ小人ノ樂ヲ樂ムヘキシヤ。凡ソ誠ノ樂ハ天ノ與フル所ニ在テ。天地ト共ニ盡ルコトナイ。且ク近キニ約シテ天ト說ケトモ。實ハ法性等流ソ。其樂身心ト共ニ際限ナキシヤ。貴賤尊卑。智愚大小。淺深ノ別ハアレトモ。其心ノ樂ハ一シヤ。其天ノ付與スルトコロハ一シヤ。ナセソ。道ハ淺深ナイモノシヤ。法ハ高下ヲ離レタモノシヤ。

新字:古ニモ楽トハ情ノ変スヘカラサル者ナリトアル。弦歌千揚ハ楽ノ末節トアル。大君ハ大君ノ楽有ヘク。執政大臣ハ執政大臣ノ楽アルヘク。士農工商ハ士農工商ノ楽アルヘク。君子ハ君子ノ楽ヲ楽ムヘク。小人ハ小人ノ楽ヲ楽ムヘキシヤ。凡ソ誠ノ楽ハ天ノ与フル所ニ在テ。天地ト共ニ尽ルコトナイ。且ク近キニ約シテ天ト説ケトモ。実ハ法性等流ソ。其楽身心ト共ニ際限ナキシヤ。貴賤尊卑。智愚大小。浅深ノ別ハアレトモ。其心ノ楽ハ一シヤ。其天ノ付与スルトコロハ一シヤ。ナセソ。道ハ浅深ナイモノシヤ。法ハ高下ヲ離レタモノシヤ。

書き下し

古ニモ楽トハ情ノ変スヘカラサル者ナリトアル。弦歌千揚ハ楽ノ末節トアル。大君ハ大君ノ楽有ヘク。執政大臣ハ執政大臣ノ楽アルヘク。士農工商ハ士農工商ノ楽アルヘク。君子ハ君子ノ楽ヲ楽ムヘク。小人ハ小人ノ楽ヲ楽ムヘキシヤ。凡ソ誠ノ楽ハ天ノ与フル所ニ在テ。天地ト共ニ尽ルコトナイ。且ク近キニ約シテ天ト説ケトモ。実ハ法性等流ソ。其楽身心ト共ニ際限ナキシヤ。貴賤尊卑。智愚大小。浅深ノ別ハアレトモ。其心ノ楽ハ一シヤ。其天ノ付与スルトコロハ一シヤ。ナセソ。道ハ浅深ナイモノシヤ。法ハ高下ヲ離レタモノシヤ。

現代語訳

古にも、楽しみとは情の変わるべからざるものである、とある。弦歌や干揚(楯と斧を持つ舞)は音楽の末節である、とある。大君には大君の楽しみがあるべく、執政大臣には執政大臣の楽しみがあるべく、士農工商には士農工商の楽しみがあるべく、君子は君子の楽しみを楽しむべく、小人は小人の楽しみを楽しむべきである。およそまことの楽しみは天の与えるところにあって、天地とともに尽きることがない。しばらく身近に約して天と説くけれども、実は法性から等しく流れ出たものである。その楽しみは身心とともに際限がないのである。貴賤尊卑、智愚大小、浅い深いの別はあっても、その心の楽しみは一つである。その天の与えるところは一つである。なぜか。道は浅い深いのないものである。法は高い低いを離れたものである。

解説

ここから、身分や職業ごとにその人にふさわしい楽しみがある、という長い論が始まる。「楽は情の変ずべからざる者」「弦歌干揚は楽の末節」は、いずれも『礼記』楽記に見える言葉である。尊者は、まことの楽しみは天が与えるもので、実は法性から流れ出ており、貴賤や賢愚の差はあっても心の楽しみは一つだと言う。道に浅深なく法に高下なし、という結びは、立場の違いを認めつつ、誰もが同じ深さの楽しみに至れるという平等の宣言として読める。

この章句が説くこと

楽しみ法性天命平等礼記

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