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十善法語 / 巻第五・不綺語戒

日ヲ看テ樂ム者カ。明相ノ現スルヨリ乃至日沒マテ。春夏秋冬。時時ノ風景。皆其樂トナル。此中ニ變有テ二ヲ現シ三ヲ現シ。或ハ慶兆有テ甘露ノ降ナト。悉ク面白キコトシヤ。上テ言ハハ。頭陀ノ比丘カ露地ニ坐シテ。此日光徧照ヲ看テ空三昧ニ入ル。面白キシヤ。鉢水ヲ湛テ此日光ヲ胸裏ニ觀スル。其樂ミ世間ノ比スヘキ處ナラスシヤ。思テ看ヨ。綺語ナトニ隨順スル暇ハ有マシキコトシヤ。

新字:日ヲ看テ楽ム者カ。明相ノ現スルヨリ乃至日没マテ。春夏秋冬。時時ノ風景。皆其楽トナル。此中ニ変有テ二ヲ現シ三ヲ現シ。或ハ慶兆有テ甘露ノ降ナト。悉ク面白キコトシヤ。上テ言ハハ。頭陀ノ比丘カ露地ニ坐シテ。此日光遍照ヲ看テ空三昧ニ入ル。面白キシヤ。鉢水ヲ湛テ此日光ヲ胸裏ニ観スル。其楽ミ世間ノ比スヘキ処ナラスシヤ。思テ看ヨ。綺語ナトニ随順スル暇ハ有マシキコトシヤ。

書き下し

日ヲ看テ楽ム者カ。明相ノ現スルヨリ乃至日没マテ。春夏秋冬。時時ノ風景。皆其楽トナル。此中ニ変有テ二ヲ現シ三ヲ現シ。或ハ慶兆有テ甘露ノ降ナト。悉ク面白キコトシヤ。上テ言ハハ。頭陀ノ比丘カ露地ニ坐シテ。此日光遍照ヲ看テ空三昧ニ入ル。面白キシヤ。鉢水ヲ湛テ此日光ヲ胸裏ニ観スル。其楽ミ世間ノ比スヘキ処ナラスシヤ。思テ看ヨ。綺語ナトニ随順スル暇ハ有マシキコトシヤ。

現代語訳

日を見て楽しむ者にとっては、夜明けの光が現れる時から日没まで、春夏秋冬、折々の風景がみなその楽しみとなる。この中に異変があって太陽が二つ現れ三つ現れたり、あるいはめでたい兆しがあって甘露が降ったりするなど、ことごとく面白いことである。さらに上のことを言えば、頭陀行の比丘が露地に坐って、この日光があまねく照らすのを見て空三昧に入る。面白いことである。鉢に水を湛えて、この日光を胸の内に観ずる。その楽しみは世間の楽しみと比べられるものではない。考えてみよ。綺語などに従っている暇はないはずである。

解説

ここから、軽薄な楽しみに代わる本当の楽しみが、自然と人の営みの両面から次々に語られる。最初は太陽である。朝から夕まで移り変わる日の光は、世俗の者には季節の風景として、修行者には空三昧や観想の手がかりとして楽しみとなる。頭陀行とは衣食住への執着を払う修行で、露地に坐すのはその一つである。毎日昇る太陽をあらためて眺めるだけで心が満ちるなら、刺激を求めて軽口に走る必要はない。身近なものを深く味わう力を養えと促す段である。

この章句が説くこと

楽しみ自然三昧頭陀観想日光

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